高齢者の移動手段とは?公共交通機関のバリアフリー化

高齢者の移動手段とは?公共交通機関のバリアフリー化

高齢社会と移動の現状

日本では高齢化が急速に進み、65歳以上が総人口の約3割を占める時代になりました。高齢者にとって移動の自由は、買い物や通院、社会参加に欠かせない要素です。しかし一方で、移動手段が十分でない状況は、高齢者の閉じこもりや心身の健康悪化の原因にもなります。また、警察庁のデータによると、交通事故による死亡者のうち65歳以上の占める割合は年々上昇し、2012年には過去最高の51.3%に達しました。これは高齢ドライバーによる事故防止の必要性を示す一方、公共交通など他の移動手段の整備が急務であることを物語っています。

都市部と地方の移動手段の違い

都市部では鉄道やバス、地下鉄など公共交通が比較的充実しており、商業施設や医療機関も多く集まっています。そのため、高齢者でも公共交通やタクシーを利用して移動しやすい環境にあります。一方、地方や郊外では交通インフラが十分でない地域が多く、日常の買い物や通院に自家用車が事実上必須となるケースが多いです。実際、ある報告では「マイカーが利用できない高齢者等は、都市部など利便性の高い地域でなければ移動手段の確保が困難であり、バスは停留所までの移動が困難で便数も少なく、タクシーは料金が高いので頻繁には利用しづらい」と指摘されています。つまり地方では自家用車依存が高く、自ら車を運転できないと外出が難しくなるリスクが大きいのです。加えて、女性の社会進出など家庭生活の変化で、かつて家族が担っていた送迎も少なくなる傾向があり、移動手段の不足は高齢者の孤立につながっています。

高齢者の自動車利用と課題

実際に高齢者の移動手段を見ると、元気なうちは自家用車での移動が多く、安全面で問題があっても「車を手放せない」という声も多いです。しかし高齢になるほど反射神経や認知機能が低下し、交通事故のリスクが高まることも事実です。警察庁の交通事故統計では、高齢者の事故死者数は減少傾向にあるものの、全死者に占める高齢者の割合は依然として高くなっています。こうした背景から、行政は高齢ドライバーの事故防止に向け、75歳以上の免許更新時に認知機能検査を義務付けるなどの施策を実施しています。さらに、歩行者や他車への配慮を呼びかけるとともに、衝突被害軽減ブレーキなど先進安全装備を搭載した車(いわゆる「サポカー」)への乗り換えを促す取り組みも進められています。

運転免許返納後の生活

近年、全国的に高齢者の運転免許返納件数は増加しています。これは、高齢ドライバーによる事故防止策の一環です。ただし調査によれば、運転免許を返納しようと考えた高齢者のうち、約半数は返納後の移動手段に不安を感じて実際には返納を先延ばしにしていることも報告されています。返納後はバスやタクシー、あるいは自治体・地域が提供する送迎サービスを利用することになりますが、地方では公共交通が乏しく「買い物難民」「通院難民」と呼ばれる状況に陥る恐れもあります。例えば山間部など公共交通が衰退した地域では、車社会を前提とする大規模スーパーしか買い物先がなく、免許返納で生活が一変する可能性があります。

そこで自治体や社会は返納者への支援策を拡充しています。具体的には、返納者を対象とした公共交通の運賃割引や回数券の補助など優遇政策が各地で導入され、返納者数は年々増加しています。また、運転経歴証明書を取得すると、身分証明書として使えたり割引制度が受けられたりする仕組みもあります。さらに、地域によってはコミュニティバスやタクシー利用券の配布、買い物支援バスの運行、民間と連携したデマンド型乗合タクシーの導入など、多様な補助サービスが行われています。これらによって、免許返納後でも必要な移動手段を確保する取り組みが全国で進められています。

公共交通機関の利用実態

高齢者自身の外出実態を見ると、60代・70代は買い物や通院のために週に数回以上外出する人が多く、都市部では電車やバスを活用するケースが増えています。一方、85歳以上では自力運転する人は大幅に減少し、その移動需要の多くを家族や地域ボランティアなどによる送迎が担っている調査結果もあります。都市部の交通特性調査では、70代までは自動車の利用が多いものの、電車・地下鉄や路線バスの利用比率も高くなっており、地区や世帯構成によって移動スタイルは大きく異なります。

いずれにせよ、高齢者の外出機会を確保するには鉄道・バス・タクシーなど公共交通の活用が重要です。しかし前章のように地方では公共交通が十分でなく、都市でも夜間や休日は本数が減るなど制約があります。したがって、自治体が企画するコミュニティバスやデマンド交通、買い物バスなどで地域事情に合った代替策を整備したり、民間の送迎サービスやタクシー会社と連携した取り組みを推進したりすることが求められています。

公共交通のバリアフリー化

公共交通機関のバリアフリー化は、移動困難者支援の根幹ともいえる課題です。2000年に制定された「バリアフリー新法」(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)により、鉄道駅やバスターミナルなど旅客施設、バス・列車・タクシー・航空機等の車両に対して、段差解消や車椅子スペースの確保、点字案内や多言語表示の設置などが義務付けられました。国土交通省によれば、公共交通事業者は新設・更新時にこれらの「移動等円滑化基準」およびガイドラインに従って整備を進めており、その結果バリアフリー化は着実に進んできています。

具体例として、2019年度末時点で利用者数の多い全国の主要駅(1日3,000人以上)約3,348駅のうち、車椅子で移動可能なエレベーターやスロープを備えて段差解消された割合は93.6%に達しています。ホームから転落防止のためのホームドアや、視覚障害者用の点字ブロック・誘導ブロックの設置率も約80%を超え、大都市圏ではほとんどの大きな駅がバリアフリー化されています。バス車両についても、新造時にはノンステップバス(低床バス)が標準となり、車内に車椅子スペースや優先席が設置されています。このほか案内サインの多言語化やホームやバス停の床標示整備など、視覚・聴覚への配慮も進んでいます。

制度と課題

それでも課題は残ります。鉄道路線や大型バスターミナルは比較的整備が進んでいるものの、地方の小規模駅やバス停には依然として階段しかない箇所もあります。また、エレベーターや車椅子対応トイレの設置はコストが高く、自治体や事業者の財政負担が大きい点も課題です。で指摘されるように、国内には9,000駅以上あり、利用者の少ない駅ほど整備が遅れがちです。バスについても、地方では運転手不足や採算悪化から運行本数が減る中で、すべての路線をノンステップ化するのは難しい状況があります。こうした現実を踏まえ、国は施設整備や改修の経費を運賃に上乗せできる新制度を創設したり、補助金でノンステップバスや福祉タクシーの導入を支援したりしています。

行政・地域の取り組み

政府や自治体は「地域公共交通活性化再生法」の改正により、各地域で公共交通の維持・充実計画の策定を努力義務化しています。これに基づき、過疎地や郊外でのバス・タクシー運行継続に補助金を出したり、路線廃止時にデマンド交通への転換を支援したりする動きが広がっています。また、国庫補助制度では高齢者移動円滑化のためのノンステップバスや車いす対応タクシー、視覚障害誘導用ブロックの設置などが対象となっており、地方公共団体が導入に活用しています。これら制度の活用で、地域交通のハード・ソフト両面の整備が進むことが期待されます。

民間や地域住民レベルでも、独自の工夫が行われています。自治会やNPOが主体となって運転ボランティアを募り、高齢者の通院や買い物を支援する「乗合タクシー」や「送迎バス」を運行する例があります。また近年はスマートフォン予約で利用できるオンデマンド交通サービスの実証実験も増え、高齢者でも手軽にタクシー感覚で乗れる仕組みが試行されています。これら地域に密着した取り組みは、高齢者が安心して移動できる社会づくりに大いに貢献しています。

高齢者の安全運転

なお、自動車を使い続ける高齢者には、安全運転への配慮も欠かせません。反射神経や判断力の低下を補うため、ハンドル操作に不安を感じるドライバーには運転技能講習や認知機能検査の受講が義務づけられています。また最近では、事故防止のために自動ブレーキや衝突警報など先進安全技術の搭載車を選ぶ「安全運転支援車」への乗り換えを勧める声が高まっています。これに加え、自主的に日常点検を行ったり、運転できる時間帯や距離を制限したりする工夫で、安全意識を高める動きもあります。高齢者が安心して移動できる環境をつくるには、安全運転の維持と必要に応じた免許返納・代替手段の活用を両立させることが重要です。

まとめ

高齢者の移動手段を考える際には、都市部と地方で状況が大きく異なる点に注意する必要があります。都市では公共交通を軸にした支援策が、地方では車依存からの脱却を支える制度・サービスが求められます。政府・自治体は法律や補助金制度でバリアフリー化や地域交通維持を後押しし、民間や住民も独自の工夫で補完することで、誰もが安心して移動できる社会を目指しています。一方で、高齢者自身やその家族も日々の安全運転を心がけ、免許返納が必要になった際には積極的に代替手段を活用することが求められます。さまざまな取り組みを組み合わせることで、高齢者が社会の中で生き生きと移動し続けられるよう支えていくことが大切です。

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