示談交渉とは何か?交渉相手は誰になる?
交通事故の示談交渉とは、被害者と加害者(または加害者側の保険会社)が話し合いによって事故の損害賠償条件を決め、裁判を介さずに解決を図る手続きのことです。事故によって被害者には治療費・修理費、休業損害(仕事を休んだことによる収入減)や慰謝料(精神的苦痛への補償)など様々な損害が発生します。加害者は本来それらを全て補償しなければなりませんが、裁判になれば解決までに長い時間と労力がかかってしまいます 。そこで双方が合意できる条件で示談により解決すれば、早期に被害者は賠償金を受け取れるメリットがあります。
示談交渉の主な交渉相手は、加害者が任意保険に入っている場合、その保険会社の示談担当者(保険会社の社員)になります。保険会社は営利企業ですから、被害者に支払う慰謝料などの示談金(損害賠償金)をできるだけ低く抑えようとします。実際、保険会社から最初に提示される金額は、本来被害者が受け取るべき正当な金額よりも大幅に低いことがほとんどです。例えば、提示額が本来の2分の1や3分の1以下というケースも珍しくありません 。これは保険会社側にとって有利な条件を提示してくるためであり、被害者が提示額にそのまま応じてしまうと適正な補償を受け取れない恐れがあります。
そのため、提示額に納得がいかなければ示談交渉で増額を求める必要があります。しかし相手は保険や賠償金交渉のプロですので、被害者が自己流で交渉しても簡単に増額を勝ち取ることは難しいのが現実です。そこで大切になるのが、これから説明する交渉のテクニックや正しい知識です。交渉に臨む前に基礎を押さえ、どのように進めれば有利に示談をまとめられるか理解しておきましょう。
示談交渉の流れ:症状固定から損害賠償金支払いまで
交通事故の示談交渉は、ケガの治療が一段落して損害額を算出できる段階から始まり、示談金の支払いが完了するまでいくつかのステップがあります。以下に示談交渉の基本的なステップを順を追って解説します(後遺症が残ったケースを想定しています)。
(1)ケガの治療と「症状固定」
まず事故で負ったケガの治療を続け、完治を目指します。治療を続けてもそれ以上良くならない状態に達すると、医師から「症状固定」と診断されます。症状固定とは、これ以上治療しても症状の改善が見込めない状態のことです。症状固定までは焦らずしっかり治療を継続しましょう。症状固定前に示談を始めてしまうと、その後に発生するかもしれない後遺症や追加の治療費が考慮されず、適正な賠償額を受け取れなくなる恐れがあります。
(2)後遺障害等級の認定
症状固定後、ケガが完治せず後遺症(後遺障害)が残ってしまった場合は、保険会社との示談交渉を進める前提として後遺障害等級の認定を受ける必要があります。後遺障害等級とは、残った後遺症の重さを1級~14級に分類した制度で、この等級に応じて慰謝料や逸失利益の基準額が決まります。適正な等級認定を受けないと、その後の賠償金額に大きな影響が出ます。例えば、本来認定されるべき後遺障害が見逃されたり低い等級になったりすると、本来受け取れるはずの慰謝料が減額されてしまいます。保険会社から等級認定の申請を渋られたり低い等級で示談を急かされたりする場合でも、妥協せず適切な等級が認められるよう対応しましょう(必要に応じて専門家に相談することも大切です)。
(3)損害項目の確定と示談金額の算出
後遺障害等級が確定すると、事故による損害賠償額(示談金額)の算出を行います。通常、この段階では加害者側の任意保険会社が対応窓口となり、被害者が被った損害の各項目について金額を計算します 。損害項目には、治療費・通院交通費、休業損害、物的損害(車の修理費など)、慰謝料(入通院慰謝料・後遺障害慰謝料)などがあります。それぞれについて、保険会社は自社の基準(自賠責保険の基準や任意保険独自の基準)に沿って算定を行い、示談金の総額を算出します。
ポイント: 保険会社の提示額を検討する前に、被害者自身でも各項目が漏れなく含まれているか確認しましょう。例えば、通院の交通費や仕事を休んだことによる収入減(休業損害)もしっかり計上されているか、後遺障害が残った場合は後遺障害慰謝料や逸失利益まで含めて計算されているかなど、内訳を把握しておくことが重要です。
(4)保険会社から示談金の提示を受ける
損害額の内部計算が終わると、加害者側の保険会社から示談金額の提示が行われます。通常、保険会社の担当者から電話や書面で「○○万円で示談したい」等の提案が示されます。この際に伝えられる示談金(損害賠償金)は、前述のとおり被害者にとって十分とは言えない低い金額である場合が多いです。提示内容には治療費や慰謝料など複数の項目が含まれていますので、その金額と内訳を必ずチェックしてください。
ここでの確認ポイント: 提示額の内訳書を入手し、一つひとつの項目と金額を精査することが大切です。口頭で金額を聞くだけでは詳細が分からず証拠も残らないため、担当者から書面で提示内容を送ってもらうよう求めましょう。書面があれば自宅で落ち着いて検討できますし、後々第三者(弁護士など)に相談する際の資料にもなります。
(5)示談金の内容・金額を被害者側で確認・検討
保険会社から提示を受けた示談金額に対し、被害者の側ではその内容が適正かどうかを検討します 。具体的には以下の点を確認します。
- 示談金の内訳項目に漏れや不明点がないか(後述の「示談金の内訳の確認方法」で詳しく解説します)。
- 提示された金額の妥当性(相場に照らして低すぎないか)をチェックする方法(詳細は後述「示談金額が適正かどうかの判断法」で解説します)。
保険会社提示額に少しでも疑問がある場合は、すぐに返事をせず慎重に検討しましょう。「こんなものかもしれない」と安易に了承してしまうのは禁物です。
(6)示談交渉の開始(提示額に納得できない場合)
提示された示談金額に納得がいかなければ、示談交渉を開始します。被害者から増額の要求や不足項目の追加請求を行い、保険会社と条件のすり合わせを進めます。交渉は主に電話や書面のやり取りで行われ、必要に応じて何度か提案と回答を繰り返すことになります。
一方、提示額で問題ないと判断した場合は交渉を行わず、そのまま示談成立となります。しかし前述のように提示額が適正か判断するのは難しいため、少しでも迷いがあるときは交渉に入ったほうが良いでしょう。
(7)示談成立・示談書の取り交わし
交渉の結果、双方が示談金額や条件に合意できれば示談成立となります。通常、加害者側の保険会社は示談成立後に**示談書(示談契約書)**を作成し、被害者に郵送してきます。示談書とは、示談の合意内容を書面化した契約書で、「加害者が支払う金額」「支払い方法」「今後これ以上請求しない」といった条件が記載されています。被害者はその示談書の内容を再度よく確認し、問題なければ署名・押印します。
注意: 示談書に一度サインしてしまうと、基本的に後から内容を変更したり追加の請求をしたりすることはできなくなります。納得できない点が残っている場合は、署名せず再交渉や専門家への相談を検討してください。
(8)示談書への署名・返送
被害者が示談書に署名・捺印を済ませたら、書類を加害者側(保険会社担当者)に返送します。保険会社が示談書を受領した時点で、法律的には和解契約が成立したことになります。これで示談手続きは最終段階です。
(9)損害賠償金の支払いと示談完了
示談書が双方で取り交わされた後、示談金の支払いが行われます。通常は示談書を受領してから2週間~1か月程度で、被害者の指定した銀行口座に保険会社から示談金が振り込まれます。実際の入金をもって示談が完了し、事故に関する民事上の問題は解決となります。
以上が示談交渉の一般的な流れです。次のセクションでは、提示された示談金の内容をチェックする方法や金額の適正さを判断するポイントについて、さらに詳しく解説します。
示談金の内訳を確認する方法
示談交渉では、保険会社から提示された示談金の内訳をきちんと確認することが重要です。示談金の内訳とは、支払われる総額がどのような項目で構成されているかを示す明細のことです。交通事故の損害賠償では主に以下のような項目があります。
- 治療関係費:治療費、入院費、通院交通費、義肢や装具の費用など治療に必要な実費。
- 休業損害:ケガの療養のため仕事を休んだ期間の収入減の補償(有給休暇を使った場合も算定対象になります)。
- 慰謝料:精神的苦痛に対する補償。事故後の入通院期間に対応する入通院慰謝料と、後遺症が残った場合の後遺障害慰謝料に分かれます。
- 逸失利益:後遺障害が残ったことで将来働けなくなる、または収入が減少する分の逸失利益補償。後遺症による労働能力低下に応じて算定します。
- 物的損害:車両の修理費や買替費、積荷や所持品の損害など物に関する損害(物損事故の場合)。
保険会社から提示を受けた際には、通常これらの項目ごとに金額が記載された見積明細書のような書面を入手できます。必ず各項目が適切に計上されているか確認しましょう。
特にチェックすべきは後遺障害部分の内訳です。後遺症がある場合、先述の通り「後遺障害慰謝料」と「逸失利益」の2つが発生します。提示書面で「後遺障害」としてひとまとめの金額しか記載されていない場合は注意が必要です。それは自賠責保険(強制保険)の基準で定められた最低限の補償額のみが計上されている可能性が高く、本来受け取れるはずの額よりも低い金額になっている恐れがあります。例えば後遺障害等級14級の場合、自賠責基準の後遺障害慰謝料は定額ですが、裁判基準ではその数倍の相場となります。このように「後遺障害」欄がひとつだけで低い金額しか書かれていない場合、交渉次第で増額できる可能性が高いと言えます。
一方、後遺障害の欄が「慰謝料」と「逸失利益」の2つに分かれている場合でも油断はできません。逸失利益とは将来得られるはずだった収入を失った分の補償であり、金額が大きくなりやすいため示談交渉や裁判でも争点になりがちな項目です。したがって、提示額において逸失利益が適正に算定されているか、就労状況や年収、労働能力喪失率(後遺障害等級に応じ決まる)などが正しく反映されているかを確認しましょう。正当な逸失利益をきちんと含めてもらうことができれば、被害者として大きく損をすることは避けられます。
以上のように示談金の内訳を細部までチェックすることで、自分に不利な計算漏れや過小評価を見逃さずに済みます。内訳の不明点は保険会社に質問して説明を受けるか、納得がいかなければ専門家に相談してみるのも良いでしょう。示談交渉に臨む前提として、自分の損害額の内訳を正しく把握することが重要です。
示談金額が適正かどうか判断する方法
保険会社から提示された示談金額が妥当な金額かどうかを判断することも極めて大切です。前述のように、保険会社の提示額は独自の低い基準で算定されていることが多いため、そのまま受け入れると本来より低い賠償しか得られない可能性があります。では、どのようにして提示額の適正さを判断すればよいのでしょうか。
慰謝料などの算定基準を知る
交通事故の損害賠償には主に3つの算定基準があります。
- 自賠責基準(政府の強制保険基準):自賠責保険で支払われる最低限の補償額の基準。慰謝料額が低く設定されています。軽微なケガの慰謝料は通院1日あたり4,300円(2025年現在)程度など、全体的に低い水準です。
- 任意保険基準(保険会社独自の基準):各保険会社が社内で定める支払い基準。自賠責基準をベースに一定の上乗せをした程度の額であることが多いですが、公表されていないため詳細は不明です。保険会社によっては自賠責とほとんど変わらない低額を提示してくる場合もあります。
- 弁護士基準(裁判基準):過去の裁判例をもとにした賠償額の基準で、一般に最も高額な基準と言われます。弁護士が交渉する際や裁判になった場合はこの基準が用いられ、慰謝料額も任意保険基準より大幅に高くなります。
保険会社の提示額がどの基準に基づいているかで適正かどうかの判断は変わります。多くの場合、提示額は自賠責基準~任意保険基準程度の低めの金額です。例えばむち打ち程度のケガでも、任意保険からの提示は入通院慰謝料が数十万円程度に抑えられますが、弁護士基準では100万円以上になるケースもあります。
自分で相場金額を計算・比較する
提示額の妥当性を知るためには、自分のケースの適正な示談金額を試算してみる方法が有効です。最近ではインターネット上に「交通事故の慰謝料自動計算機」などの無料ツールがあります。事故の日付や過失割合、入院日数や通院日数、後遺障害等級などを入力すると、自賠責基準・任意保険基準・弁護士基準それぞれでの慰謝料・損害賠償金の概算額が表示されます。法律事務所や保険会社が提供しているこれらのツールを活用すれば、自分のケースのおおまかな相場額を知ることができます。
例えば、みらい総合法律事務所が提供する「慰謝料自動計算機」では、誰でも簡単に入通院慰謝料や後遺障害慰謝料を試算できます。そこで算出された金額(特に弁護士基準の金額)と、保険会社が提示してきた示談金額とを比較してみてください 。もし提示額が試算額より明らかに低ければ、それは適正額に達していない可能性が高いということになります。例えば自分の後遺障害等級なら本来500万円程度が見込まれるのに、提示額が300万円しかないといった場合です。
加えて、書籍やインターネット上には弁護士基準の慰謝料表(いわゆる赤い本・青い本の基準額)や判例データも公開されています。ご自身でそれらを調べてみるのも良いでしょう。「保険会社の言っていることは本当だろうか?相場はいくらだろうか?」と疑問を持ち、時間をかけて情報収集することが重要です。
専門家に相談してセカンドオピニオンを得る
提示額の適正さに迷ったとき、自分だけで判断するのが難しい場合は、交通事故に詳しい弁護士に相談するのも一つの方法です。弁護士であれば、あなたのケースで本来受け取るべき適正な金額を算出したり、提示額がどの程度低いかを客観的に評価してアドバイスしてくれます。多くの法律事務所が無料相談を受け付けていますので、「提示額が妥当かわからない」「もっと増額できる余地があるか知りたい」という場合には遠慮なく専門家のセカンドオピニオンを求めると良いでしょう。
以上の方法で提示額の適正性をチェックし、低すぎるようであれば交渉による増額を積極的に検討すべきです。次章では、実際に示談交渉に臨む際に押さえておくべきNG行為と、交渉を有利に進めるためのテクニックを紹介します。
示談交渉でやってはいけないこと
示談交渉を進めるにあたっては、被害者の方がついやってしまいがちですが避けるべき行動がいくつかあります。これらを知らずに交渉してしまうと、結果的に不利な条件で示談してしまったり、本来受け取れるはずの賠償金を逃してしまったりする恐れがあります。ここでは示談交渉でやってはいけない主なポイントを挙げます。
- 事故直後にその場で示談しない:事故現場で加害者から「これで勘弁してください」と現金を差し出されたり、「警察沙汰にせず示談しよう」などと言われたりしても、その場で安易に示談に応じてはいけません。事故直後は自分のケガの程度や車の損傷が把握しきれておらず、後から痛みや不調が出る可能性もあります。現場で示談してしまうと、後になって治療費や修理代を請求できなくなる恐れがあります。必ず警察を呼んで事故処理を行い、示談交渉は損害が明確になってから行いましょう。
- 損害が確定する前に示談しない:治療中で完治していないうちや、後遺障害等級の認定前に示談を進めるのは避けましょう。損害額は治療が完了し後遺症の有無が確定して初めて確定します。治療途中で示談すると、症状固定後に判明した後遺症に対する補償(後遺障害慰謝料・逸失利益)を追加請求できなくなります 。保険会社から早期示談を提案されても、「まだ治療中なので判断できない」と伝え、完治または症状固定まで回答を保留することが大切です。
- 保険会社の言いなりにならない:加害者側の保険会社担当者から説明を受けると、一見もっともらしく聞こえるかもしれません。しかし保険会社の言うことを鵜呑みにしてはいけません。例えば「これが限界の金額です」「どの被害者もこのくらいで示談しています」といったセリフをそのまま信じて承諾してしまうと、本当はもらえたはずの額まで放棄してしまう危険があります。保険会社の提示条件や主張に対しては常に冷静に疑問を持ち、自分でも調べたり質問したりする姿勢が必要です。
- 感情的な交渉をしない:示談交渉で怒りや悔しさのあまり感情的になってしまうのは逆効果です 。感情に任せて担当者にクレームをぶつけても、交渉が有利に進むことはまずありませんし、かえって話し合いがこじれてしまう恐れもあります。保険会社の担当者は示談交渉のプロですから、冷静さを失った被害者に対しては有利に立ち回ってしまいます。難しいかもしれませんが、常に冷静さを保つことが大切です 。感情的になりそうなときは、一度交渉の場を中断し、落ち着いてから改めて話し合うようにしましょう。
- 示談書に即サインしない:保険会社との交渉で「この条件でいかがですか」と示談書への署名を促されても、少しでも疑問が残るならすぐにサインしてはいけません。一度サインして示談成立してしまうと、後から金額や内容を変更することができなくなるためです。示談書の内容は落ち着いて確認し、不明点があれば担当者に質問しましょう。「その場でサインしないと支払いが遅れる」などと言われ焦らされても、「持ち帰って検討させてください」と伝えて問題ありません。慎重すぎるくらいでちょうど良いのです。
以上の点に注意し、「早く終わらせたいから…」と妥協してしまわないことが大切です。安易な行動を避け、冷静かつ慎重に交渉に臨むことで、結果的により有利な条件を引き出せる可能性が高まります。
示談交渉を有利に進める5つのテクニック
では、具体的に示談交渉を被害者に有利に進めるためのテクニックを5つ紹介します。先ほど述べた「やってはいけないこと」を踏まえつつ、以下のポイントを実践することで交渉を有利に展開できるでしょう。
(1)示談金の提示は必ず書面でもらう
保険会社から示談金額の提示を受ける際、電話口で口頭提示される場合があります。しかし、口頭だけのやり取りは後に証拠が残らないため非常に危険です。そこで、必ず示談金の内訳を記載した書面を送ってもらうよう担当者に依頼しましょう。書面で提示を受けることで、提示額の明細をじっくり確認できるだけでなく、後日「言った言わない」のトラブルを防ぐことができます。また、その書面は交渉過程の記録として残るので、万一交渉が決裂して裁判などに進む場合にも重要な証拠となります。
テクニックのポイント: 口頭提示されたときはその場で了承せず、「正式な内訳書を郵送(またはメール)でいただけますか?」とお願いしましょう。誠実な担当者であれば応じてくれるはずです。それでも書面を出し渋るようなら、何か提示額に不明瞭な点がある可能性があります。その際も無理に口頭で進めず、「書面をいただかないと判断できません」と粘り強くお願いすることが大切です。
(2)示談金の内訳詳細を徹底的に確認する
書面で提示を受け取ったら、示談金の内訳項目と金額を一つひとつ確認します。前述したように、特に後遺障害が残っている場合は後遺障害慰謝料と逸失利益が正しく計上されているかが重要なチェックポイントです。
- 提示書面の「後遺障害」欄がひとつの金額しかなく不自然に低い場合、それは自賠責基準分のみである可能性があります。その金額は本来受け取れる額より低いため、交渉次第で増額の余地が大きいと言えます。この場合、保険会社に対して「後遺障害慰謝料と逸失利益の内訳を示してください」と求め、不足分の支払いを粘り強く請求しましょう。
- 「逸失利益」が含まれている場合も、その算定根拠を確認します。例えば基礎収入(事故前の収入)や労働能力喪失率、喪失期間の設定に不当な減額がないかチェックします。逸失利益は将来の収入減を補填する重要な賠償項目なので、適正に計算されていれば被害者にとって大きな支えとなります。納得いかない場合は根拠資料の提示や再計算を求めましょう。
また、治療費や修理費の項目でも自己負担した費用が漏れていないか確認してください。領収書を提出したのに反映されていない費用がないか、通院交通費が適正な回数・金額で計上されているか等を見落とさないようにします。
テクニックのポイント: 提示書面の内容を丹念に読み、不明点はリストアップして担当者に質問しましょう。自分で理解できない専門用語や計算式があれば、「ここを詳しく教えてください」と遠慮なく聞くことです。内訳の細部まで確認する姿勢を示すことで、相手に「この被害者はきちんと把握している」と認識させ、いい加減な金額では了承しない意思表示にもなります。
(3)提示金額の妥当性をチェックする
保険会社提示の示談金額が適正かどうか、必ず確認しましょう。相手の言い値をそのまま受け入れてはいけません。前述のとおり、損害賠償額には自賠責基準・任意保険基準・弁護士基準の3つがあり、弁護士(裁判)基準の金額がもっとも高額になります。保険会社提示額は多くの場合それより低い水準です。
テクニックのポイント: 相場の金額を自分で把握することが重要です。具体的には、前述の慰謝料自動計算機等で弁護士基準の額を試算し、それと提示額を比較します。もし提示額が明らかに低ければ「御社の提示額は裁判基準とかなり差がありますが、この理由は何ですか?」といった形で質問し、増額を交渉しましょう。「相場を知っている」ことを示せば、担当者も安易な低額では応じてもらえないと認識します。逆に相場を知らないと感じ取られると、担当者のペースで低い基準のまま話をまとめられてしまう可能性が高くなります。
また、提示額について納得できない点があるなら、すぐに承諾せず回答を保留する勇気も必要です。「他にも確認したい点があるので、回答は後日でお願いします」と伝え、一旦時間をもらいましょう。焦って返事をしなくても問題ありません。時間を置くことで冷静に判断できますし、その間に専門家へ相談して意見を求めることもできます。
(4)承諾を焦らず、納得できないときは回答保留を
交渉中、保険会社から「早く示談しましょう」「○日までに返事をください」と急かされることがあります。しかし、被害者側が急いで示談に応じる必要はありません。納得できない条件であれば、簡単に承諾しないで回答を保留しましょう 。示談交渉では、一度成立させてしまうと後戻りできないため、疑問点を残したまま妥協するのは禁物です 。
テクニックのポイント: 保険会社に回答を保留する際は、「大事なことなので家族と相談したい」「専門家の意見も聞いてみたい」などと伝えると良いでしょう。正当な理由があれば担当者もしぶしぶ待ってくれます。保留している間に、自分なりの適正額を再計算したり、弁護士の無料相談を利用して第三者のアドバイスを受けたりすると安心です。適切な回答を導き出すために時間を使うのは、被害者の正当な権利です。逆に焦って即答してしまうと、後で「もっと交渉できたのでは」と後悔する結果になりかねません。
(5)感情的にならず、第三者(専門家)に交渉を委ねることも検討
示談交渉が難航し、自分一人では埒が明かないと感じたら、遠慮なく専門の第三者に頼ることも視野に入れましょう。前述のとおり、保険会社の担当者は交渉のプロであり、法律や賠償基準にも精通しています。被害者本人が保険や法律の十分な知識もなく対等に渡り合うのは容易ではありません 。交渉が長引けば精神的ストレスも大きくなり、感情的になってしまうこともあるでしょう。
そこで頼りになるのが、交通事故案件に強い弁護士です。弁護士は被害者の代理人として交渉の窓口になり、法律のプロの立場から適切な主張を行ってくれます。保険会社も相手が弁護士となれば安易にごまかせなくなるため、交渉がスムーズに進んだり賠償金額が適正に見直されたりするケースが多いです 。被害者自身も交渉のストレスから解放され、本来の治療や日常生活に専念できるという大きなメリットがあります。
テクニックのポイント: 「自分ひとりでは不安だ」と感じたら、早めに弁護士に相談してみましょう。初回無料相談を実施している事務所も多く、弁護士特約(自身の保険で弁護士費用をカバーできるオプション)に入っていれば費用負担なく依頼できる場合もあります。交渉をプロに任せることで、結果的に得られる示談金が大きく増えることも珍しくありません。交渉術の一つとして「第三者を立てる」ことを覚えておきましょう。
以上、示談交渉を有利に進める5つのテクニックを紹介しました。次に、実際に弁護士に依頼したことで示談金が増額した事例や、弁護士に頼むメリットについて見てみます。
弁護士に依頼するメリットと増額事例の紹介
交通事故の示談交渉において、弁護士に依頼することのメリットは非常に大きいです。ここでは弁護士に依頼した場合に期待できるメリットと、実際に示談金が増額した事例を紹介します。
弁護士に依頼するメリット
- 専門知識と交渉力による適正な賠償額の確保:弁護士は交通事故の賠償計算に精通しており、あなたのケースで本来得られるべき適正な金額を算出できます。保険会社が提示している額との開きや根拠を的確に指摘し、適正額まで増額するよう粘り強く交渉してくれます。保険会社も弁護士相手では裁判を見据えた交渉を意識せざるを得ず、結果として示談金が大幅にアップする可能性が高まります。
- 被害者の精神的負担の軽減:面倒な保険会社とのやり取りは弁護士が代理で行います。被害者は直接交渉しなくて済むため、精神的ストレスが軽減されます。感情的な衝突も避けられ、冷静かつプロフェッショナルな交渉が進みます。被害者は治療や日常生活に集中でき、心理的にも安心感を得られるでしょう。
- 適切な手続きと証拠収集:後遺障害等級認定の申請や異議申立て、必要書類の収集、示談書の確認など、専門的で煩雑な手続きを任せられます。例えば後遺障害等級に不服がある場合、弁護士は医療記録や意見書を揃えて異議申立てを行い等級が適正になるよう働きかけてくれます。こうした専門対応により、正当な権利を漏れなく主張できます。
- 費用倒れの心配が少ない:弁護士費用が心配な方も多いですが、近年は弁護士特約に加入しているケースも増えています。弁護士特約があれば300万円程度までの費用は保険会社が負担してくれるため、自己負担なく依頼可能です。また、特約がなくても初回無料相談や着手金無料・成功報酬制の事務所も多く、増額分から費用を差し引いても依頼者のプラスが残る場合がほとんどです。実際に「軽傷の事例でも、弁護士費用を差し引いてなお15万円以上手元に利益が出た」という報告もあります。
- 万一示談がまとまらない場合の備え:交渉で折り合いがつかなければ訴訟提起も視野に入りますが、その際も弁護士がいればスムーズです。示談段階から事情を把握している弁護士であれば、裁判になっても有利に戦えるよう戦略を立ててくれます。保険会社にとっても訴訟は避けたい事態ですから、弁護士が付くことで示談段階で有利な解決がもたらされる効果もあります。
示談金が増額された事例(一般的な例)
実際に弁護士に依頼することで示談金が大幅に増えたケースは数多く報告されています。一般的な一例を挙げましょう。
ケース: 自転車に乗っていた被害者が右肩に重傷(肩の腱板断裂)を負い、後遺障害12級が認定された事故。
- 保険会社の当初提示額: 約341万円(後遺障害12級にもかかわらず、自賠責基準に近い低額でした)。
- 弁護士に依頼後の最終示談金額: 1000万円。
- 増額幅: 約659万円の増額(600万円以上の増額に成功したケース)。
この事例では、当初提示額が低すぎることを弁護士が見抜き、交渉によって当初の約3倍弱もの金額を回収できたとのことです。保険会社が自賠責基準程度の金額しか提示していなかったため、弁護士介入により裁判基準に近い適正額まで引き上げられた典型例と言えます。
他にも、むち打ちなどの軽傷でも2倍前後に増額した例や、重度の後遺障害では数百万円~数千万円単位で増額した例が報告されています。例えば、むち打ちで通院5ヶ月の主婦のケースでは、慰謝料・休業損害の示談金が保険会社提示約88万円から最終的に約144万円に増額(約1.6倍)した例があります 。重い後遺症では、保険会社提示2100万円が最終的に3300万円超になったケースや、800万円程度が5000万円以上になったケース もあるほどです。
増額幅はケースによって様々ですが、総じて言えるのは弁護士が関与することで示談金が増額することが多いという点です。これは弁護士が適正額を把握し、法的に筋の通った主張で交渉し直すため、保険会社も正当な賠償を受け入れざるを得なくなるためです。
以上のように、示談交渉で不利にならないためのポイントやテクニック、専門家に任せるメリットについて解説しました。最後に内容をまとめます。
まとめ
交通事故の示談交渉では、被害者が適正な賠償を得るために知っておくべき実践的なテクニックと心構えがあります。
まず、示談交渉の基本的な流れとして、治療の完了(症状固定)から始まり、後遺障害等級の認定、保険会社からの示談金提示、納得できなければ交渉、示談書の締結、そして賠償金の支払いというステップを踏みます。この過程で提示された示談金の内訳を細かく確認し、不足や不明点がないかチェックすることが重要です。また、提示額が適正か判断するために相場を調べ、自分でも計算してみることが大切です。保険会社の言うままに即決せず、疑問があれば回答を保留してでも慎重に対応しましょう。
交渉の際は感情的な言動を避け、冷静な態度で臨むこと、そして書面の活用や第三者の力を借りることが有効です。特に、示談金の提示は必ず書面でもらい、内訳と金額を丹念に確認する、「相場を知っている」という姿勢を示して妥当な金額まで引き上げを求める、納得できないときは焦らず専門家に相談するといったテクニックは、被害者にとって大きな武器になります。
そして何より、弁護士という心強い味方の存在を覚えておいてください。交通事故に強い弁護士に依頼すれば、法的知識と交渉力で保険会社と対等以上に渡り合ってくれます。結果として示談金が増額するケースも多く、被害者の負担も軽減します。遠慮なく専門家を頼ることも、適正な賠償を得るための賢明な選択肢です。
交通事故の被害者にとって示談交渉は初めてで不安なものかもしれません。しかし、本記事で紹介した実践的な交渉術とポイントを押さえて臨めば、冷静かつ有利に交渉を進めることができます。泣き寝入りせず、正当な権利を主張して適切な補償を勝ち取りましょう。示談交渉を上手に乗り切り、一日も早く事故前の平穏な生活を取り戻せることを願っています。