万が一の交通事故。考えたくはないことですが、車を運転する以上、そのリスクは誰にでもあります。そんな「もしも」の時に、自分自身や、一緒に乗っている家族や友人を守ってくれるのが自動車保険です。
しかし、いざ自動車保険を選ぼうとすると、「人身傷害保険」と「搭乗者傷害保険」という、名前がよく似た二つの補償があることに気づきます。
「どっちも同じようなものじゃないの?」
「両方入る必要はあるの?」
「自分にはどちらが必要なんだろう?」
特に運転免許を取りたての方や、久しぶりに運転するペーパードライバーの方にとっては、この違いを理解するのは少し難しく感じるかもしれません。
でも、ご安心ください。この二つの保険は、似ているようでいて、実は補償の内容や保険金が支払われる仕組みが大きく異なります。そして、この違いをしっかり理解しておくことが、いざという時に本当に役立つ保険を選ぶための、とても大切な第一歩になるのです。
この記事では、自動車保険のプロの視点から、「人身傷害保険」と「搭乗者傷害保険」それぞれの特徴と違いを、どこよりも分かりやすく、そして丁寧にご説明していきます。この記事を最後までお読みいただければ、あなたにとって最適な保険の組み合わせがきっと見つかるはずです。
そもそも自動車保険における「人への補償」とは?
まず本題に入る前に、自動車保険がどのように「人」への損害を補償してくれるのか、その全体像を少しだけ整理しておきましょう。これを知っておくと、人身傷害保険と搭乗者傷害保険の役割がより深く理解できます。
自賠責保険と任意保険の関係
自動車を運転するすべての人が加入を義務付けられているのが「自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)」です。これは、交通事故の被害者を救済するための最低限の補償を目的とした保険です。
しかし、自賠責保険で補償されるのは、あくまで「相手方(被害者)の身体への損害」のみです。例えば、相手を死亡させてしまった場合は最高3,000万円、後遺障害が残った場合は最高4,000万円、ケガをさせてしまった場合は最高120万円までと、支払われる保険金には上限があります。
実際の事故では、この上限額を超える賠償が必要になるケースや、相手の車や物を壊してしまった場合の「対物賠償」、そして何より、運転していた自分自身や同乗者がケガをしてしまうケースも少なくありません。
これらの、自賠責保険だけではカバーしきれない部分を補うのが、私たちが自分で選んで加入する「任意保険」なのです。
人身傷害保険と搭乗者傷害保険の位置づけ
任意保険には、さまざまな補償があります。
- 相手のケガや死亡に備える「対人賠償保険」
- 相手の車や物に備える「対物賠償保険」
- 自分の車に備える「車両保険」
そして、今回テーマとなる「人身傷害保険」と「搭乗者傷害保険」は、この中でも「運転者自身や同乗者のケガや死亡に備える」ための、とても重要な補償に位置づけられています。つまり、自分や大切な人を守るための保険、というわけです。
それではいよいよ、それぞれの保険の具体的な中身について、詳しく見ていきましょう。
人身傷害保険とは?その特徴を徹底解説
まずは「人身傷害保険」です。ひと言でいうと、「交通事故でケガをした際の治療費などの実費を、自分の過失割合に関係なく補償してくれる保険」です。近年、多くの自動車保険で基本の補償としてセットされている、非常に重要な保険と言えるでしょう。
その特徴を、もう少し詳しく見ていきます。
特徴1:過失割合に関係なく保険金が支払われる
人身傷害保険の最大の特徴は、なんといっても「過失割合に関係なく」保険金が支払われる点です。
通常、交通事故では「過失割合」というものが決められます。「どちらに、どれくらいの責任があったか」を割合で示すもので、例えば「相手が80%、自分が20%」のようになります。
もし人身傷害保険に加入していない場合、相手方から受け取れる賠償金は、この過失割合に応じて減額されてしまいます。例えば、自分の治療費が総額で100万円かかったとしても、自分に20%の過失があれば、相手からは80万円しか支払われません。残りの20万円は、自己負担となってしまうのです。
しかし、人身傷害保険に加入していれば、この自分の過失分である20万円も含めて、治療費の総額である100万円を、自分の保険会社から受け取ることができます。相手との示談交渉を待つ必要もありません。これは、事故後の経済的な不安を大きく和らげてくれる、非常に心強い仕組みです。
特徴2:実際の損害額を基準に保険金が支払われる
人身傷害保険は、「実損てん補(じっそんてんぽ)型」の保険です。これは、あらかじめ決められた金額が支払われるのではなく、事故によって実際にかかった損害額を基準に保険金が支払われる、という意味です。
補償される損害の範囲は広く、主に以下のようなものが含まれます。
- 治療費:病院での診察、手術、入院、薬代など
- 休業損害:事故によるケガが原因で仕事を休んだ場合の収入減
- 精神的損害(慰謝料):事故によって受けた精神的な苦痛に対する補償
- 将来の介護料:後遺障害が残り、将来的に介護が必要になった場合の費用
- 葬儀費用:万が一、死亡してしまった場合の葬儀代など
これらの損害額を保険会社の基準に基づいて算出し、契約した保険金額を上限として支払ってくれます。そのため、治療が長引いた場合や、後遺障害が残ってしまった場合でも、手厚い補償を受けることができるのです。
特徴3:示談交渉を待たずに保険金を受け取れる
交通事故が起こると、相手方の保険会社との間で「示談交渉」が行われます。これは、損害賠償の金額などを双方で話し合って決める手続きのことです。
しかし、この示談交渉は、時として長引いてしまうことがあります。特に、お互いの主張が食い違ったり、過失割合で揉めたりすると、解決までに数ヶ月以上かかることも珍しくありません。
もし人身傷害保険に入っていなければ、示談が成立するまで相手から賠償金を受け取れず、当面の治療費などを自分で立て替えなければならないケースも出てきます。これは、精神的にも経済的にも大きな負担になります。
その点、人身傷害保険は、自分の保険会社との契約に基づいて保険金が支払われるため、相手との示談交渉の結果を待つ必要がありません。必要な時に、スピーディーに保険金を受け取れるため、安心して治療に専念することができます。
特徴4:補償範囲が広い(契約車両搭乗中以外も補償可能)
人身傷害保険には、補償される範囲によって主に2つのタイプがあります。
- 契約している車に乗っている時のみ補償されるタイプ(車内のみ補償)
- 契約している車以外の車に乗っている時や、歩行中・自転車搭乗中の自動車事故も補償されるタイプ(車内・車外ともに補償)
2つ目の「車内・車外ともに補償」タイプを選んでおけば、例えば「友人の車に同乗中に事故にあった」「道を歩いていたら車にはねられてしまった」といったケースでも、自分の人身傷害保険を使うことができます。
ご自身のライフスタイルに合わせて、どちらのタイプが合っているかを検討することが大切です。
人身傷害保険のメリット・デメリットまとめ
ここで、人身傷害保険のメリットとデメリットを一度整理しておきましょう。
メリット
- 自分の過失割合に関係なく、損害額の全額が補償される。
- 示談交渉を待たずに、保険金をスピーディーに受け取れる。
- 治療費だけでなく、休業損害や慰謝料など、補償範囲が広い。
- 「車内・車外ともに補償」タイプなら、歩行中などの自動車事故もカバーできる。
デメリット
- 搭乗者傷害保険に比べて、保険料が比較的高くなる傾向がある。
- 保険金支払いのための損害額の算定に、少し時間がかかる場合がある。
搭乗者傷害保険とは?その特徴を徹底解説
次にご紹介するのが「搭乗者傷害保険」です。こちらも、契約している車に乗っている人が事故で死傷した場合に保険金が支払われるという点では人身傷害保険と似ています。
しかし、その中身は大きく異なります。搭乗者傷害保険は、ひと言でいうと、「事故にあった際に、ケガの程度に応じて、あらかじめ決められた金額(定額)がスピーディーに支払われる保険」です。人身傷害保険を補う、”お見舞金”のようなイメージを持つと分かりやすいかもしれません。
特徴1:過失割合に関係なく、定額で見舞金が支払われる
搭乗者傷害保険の最大の特徴は、「定額払い」であるという点です。
これは、人身傷害保険のように実際にかかった損害額を計算するのではなく、ケガの症状や部位、入院・通院の日数などに応じて、「入院したら1日あたり1万円」「死亡したら1,000万円」というように、あらかじめ契約で定められた金額が支払われる仕組みです。
この金額は、過失割合に一切左右されません。たとえ自分に100%の責任がある単独事故(例えば、電柱にぶつかってしまったなど)であっても、契約内容に基づいた保険金が支払われます。
特徴2:支払いまでのスピードが速い
搭乗者傷害保険は、損害額の確定を待つ必要がなく、医師の診断書などでケガの程度が確認できれば、すぐに保険金が支払われます。
事故直後は、入院費用や身の回りのものを揃えるなど、何かと物入りになるものです。そんな時に、まとまったお金をすぐに受け取れるのは、非常に大きなメリットと言えるでしょう。治療費そのものは人身傷害保険で補償されるとしても、当面の生活費の足しにするなど、使い道は自由です。
特徴3:人身傷害保険との重複支払いも可能
これも非常に重要なポイントです。もし人身傷害保険と搭乗者傷害保険の両方に加入していた場合、それぞれから保険金を受け取ることができます。
例えば、事故でケガをして、治療費などの実際の損害額が100万円かかったとします。この場合、人身傷害保険から100万円が支払われます。それに加えて、搭乗者傷害保険の契約で「入院5日で10万円」という支払い条件に該当すれば、人身傷害保険の100万円とは別に、搭乗者傷害保険から10万円が支払われるのです。
つまり、搭乗者傷害保険は、人身傷害保険でカバーされる実費の補償に、プラスアルファで受け取れる「お見舞金」のような役割を果たす、と考えることができます。
搭乗者傷害保険のメリット・デメリットまとめ
搭乗者傷害保険のメリットとデメリットも整理しておきましょう。
メリット
- ケガの程度に応じて定額の保険金が支払われるため、金額が分かりやすい。
- 保険金の支払いスピードが非常に速い。
- 人身傷害保険に加入していても、上乗せで保険金を受け取れる。
- 人身傷害保険に比べて、保険料が安い。
デメリット
- 支払われるのはあくまで定額であり、実際の損害額がそれ以上にかかったとしてもカバーされない。
- 補償の中心はあくまで人身傷害保険であり、単体での役割は限定的。
【徹底比較】人身傷害保険と搭乗者傷害保険の違いが一目でわかる比較表
さて、ここまでそれぞれの保険の特徴を詳しく見てきましたが、改めて両者の違いを比較表にまとめてみましょう。これで、頭の中がスッキリ整理できるはずです。
| 比較項目 | 人身傷害保険 | 搭乗者傷害保険 |
| 保険金の支払い基準 | 実際の損害額(実損てん補) | 契約時に定めた金額(定額払い) |
| 過失割合の影響 | 影響なし | 影響なし |
| 支払いタイミング | 損害額の算定後 | ケガの程度の確定後(速い) |
| 他の保険との関係 | 単独でも手厚い補償 | 人身傷害保険への上乗せ補償 |
| 保険料 | 比較的高い | 比較的安い |
| 主な役割 | 治療費などの実費をカバー | 当座の費用や見舞金的な役割 |
このように比べてみると、人身傷害保険が「事故による経済的損失をしっかり埋めるための、補償の土台」であるのに対し、搭乗者傷害保険は「その土台の上に、さらなる安心をプラスするための上乗せ補償」という役割分担が見えてきますね。
あなたに合うのはどっち?ケース別・保険の選び方ガイド
それぞれの違いが分かったところで、次に気になるのは「じゃあ、自分はどう選べばいいの?」という点だと思います。ここでは、いくつかのケース別に、おすすめの保険の組み合わせ方をご紹介します。
ケース1:とにかく手厚い補償を重視したい方
「万が一の時の備えは、万全にしておきたい」「事故後の金銭的な心配は一切したくない」という方には、人身傷害保険と搭乗者傷害保険の両方に加入することをおすすめします。
まず、人身傷害保険の保険金額を「無制限」に設定しましょう。これにより、どんなに高額な治療費や賠償金が必要になった場合でも、上限を気にすることなく補償を受けられます。
その上で、搭乗者傷害保険にも加入しておくことで、治療費などの実費は人身傷害保険でカバーしつつ、入院時などに必要となる当座の費用や、精神的な負担を和らげるためのお見舞金を、搭乗者傷害保険から受け取ることができます。まさに「鬼に金棒」の、最も手厚い組み合わせです。
ケース2:保険料を少しでも抑えたい方
「補償はしっかり確保したいけど、毎月の保険料はなるべく抑えたい」という方は、まずは人身傷害保険を優先して加入することを考えましょう。
先ほどご説明した通り、事故による経済的ダメージを根本的にカバーしてくれるのは人身傷害保険です。搭乗者傷害保険はあくまで上乗せの補償なので、どちらか一方を選ぶのであれば、間違いなく人身傷害保険です。
保険料を抑える工夫としては、人身傷害保険の保険金額を「無制限」ではなく、「5,000万円」や「3,000万円」などに設定することが考えられます。ただし、死亡事故や重い後遺障害が残る事故では、損害額が1億円を超えるケースも稀にあります。保険金額を下げる際は、そのリスクも理解した上で、慎重に判断することが大切です。
搭乗者傷害保険については、予算に余裕があれば加入を検討する、というスタンスで良いでしょう。
ケース3:家族で車を複数台所有している、または車に乗る機会が多い方
ご家族で車を複数台持っていたり、お子さんがいて自転車に乗る機会が多かったり、あるいはご自身が歩行中や友人の車に乗る機会が多い、といったライフスタイルの方。このような方には、人身傷害保険の補償範囲を「車内・車外ともに補償」するタイプに設定することをおすすめします。
こうすることで、契約している車以外の場所で起きた自動車事故にも、ご自身の保険で備えることができます。個別の保険をいくつも契約するより、一つの保険で広くカバーできるため、結果的に合理的で安心感も高まります。
ケース4:単独事故や相手が無保険の場合に備えたい方
運転に慣れないうちは、ガードレールにぶつかってしまうなどの単独事故を起こしてしまう可能性もゼロではありません。また、残念ながら、世の中には任意保険に加入せずに運転している人もいます。
このような「相手がいない、または相手に賠償能力がない」事故の場合、頼りになるのは自分の保険だけです。特に人身傷害保険は、自分の過失割合に関係なく、また相手がいるいないに関わらず、自分や同乗者の治療費などをしっかり補償してくれます。
運転初心者の方や、運転に不安がある方ほど、人身傷害保険の重要性は高まると言えるでしょう。
保険選びで失敗しないための3つのチェックポイント
最後に、人身傷害保険を選ぶ上で、特に注意して確認していただきたい3つのポイントについて解説します。
ポイント1:補償金額はいくらに設定する?
人身傷害保険の保険金額は、3,000万円、5,000万円、1億円、無制限などから選ぶのが一般的です。
先述の通り、最も安心なのは「無制限」です。しかし、保険料は高くなります。一つの目安として、国土交通省のデータなどを参考にすると、交通事故の死亡逸失利益(生きていれば得られたはずの収入)や慰謝料は、一家の支柱である方の場合、1億円を超えることもあります。
少なくとも5,000万円、できれば1億円以上の設定を検討することをおすすめします。ご自身の年齢や家族構成、収入などを考慮し、代理店の担当者など専門家に相談しながら決めるのが良いでしょう。
ポイント2:補償範囲は「契約車両のみ」か「車内・車外補償」か?
これも重要な選択です。保険料は「契約車両のみ」の方が安くなりますが、補償範囲は当然狭くなります。
もし、ご自身やご家族が、契約している車以外に乗る機会がほとんどないのであれば、「契約車両のみ」でも十分かもしれません。しかし、少しでも他の車に乗る機会や、歩行・自転車での外出が多いのであれば、「車内・車外補償」タイプを選んでおくと安心の幅が大きく広がります。ご自身の生活スタイルをよく振り返って判断しましょう。
ポイント3:他の保険との重複は大丈夫?
「人身傷害保険に入ると、生命保険や医療保険と補償が重複してもったいないのでは?」と感じる方もいるかもしれません。
結論から言うと、心配は不要です。生命保険や医療保険は、人身傷害保険で支払われる保険金とは関係なく、それぞれ契約内容に基づいて保険金が支払われます。
例えば、事故で入院した場合、
- 人身傷害保険から → 実際の治療費や休業損害など
- 医療保険から → 入院給付金(日額5,000円など)
- 生命保険から → (死亡・高度障害の場合)保険金
というように、それぞれから支払いを受けることができます。自動車事故による経済的負担は非常に大きい場合があるため、補償が重複して困る、ということはまずありません。むしろ、複数の保険で備えておくことで、より手厚いサポートが受けられると考えるべきです。
まとめ:自分と大切な人を守るために、最適な保険を選びましょう
今回は、少し複雑に思える「人身傷害保険」と「搭乗者傷害保険」について、その特徴と選び方を詳しく解説してきました。
最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 人身傷害保険は、過失割合に関係なく「実際の損害額」を補償してくれる、自分を守るための基本となる保険です。
- 搭乗者傷害保険は、ケガの程度に応じて「決まった金額」がスピーディーに支払われる、人身傷害保険に上乗せするお見舞金的な保険です。
自動車保険を考える上で、まず最優先で検討すべきは「人身傷害保険」です。この土台をしっかり固めた上で、ご自身の予算やライフスタイルに合わせて、保険金額をどうするか、補償範囲をどうするか、そして搭乗者傷害保険を上乗せするかを考えていくのが、賢い保険選びのステップです。
車は私たちの生活を豊かにしてくれる便利な乗り物ですが、一歩間違えれば、大きな事故につながる危険性もはらんでいます。万が一の事故の際に、経済的な不安なく治療に専念し、一日でも早く元の生活に戻るために、そして何よりも、ハンドルを握るあなた自身と、あなたの隣に乗る大切な人を守るために。
この記事が、あなたにとって本当に必要な保険を見つけるための一助となれば幸いです。ぜひ一度、ご自身の自動車保険の契約内容を見直してみてはいかがでしょうか。



