会社の車を運転する機会がある方、あるいは街中で企業のロゴが入った車を見かけることはありませんか。実は、それらの車が安全に運行されるよう、裏側で重要な役割を担っている人がいます。それが「安全運転管理者」です。
「安全運転管理者って、何だか難しそう…」「自分には関係ないかな?」と感じるかもしれません。しかし、この制度は、私たちドライバー一人ひとり、そして社会全体の交通安全を守るために非常に大切な仕組みなのです。特に、運転に慣れていない初心者の方や、久しぶりにハンドルを握るペーパードライバーの方にとっては、知っておくことでより安心して運転できるようになる知識でもあります。
この記事では、企業の安全運転を支える「安全運転管理者制度」について、その役割や仕事内容、そしてなぜこの制度が重要なのかを、専門用語をできるだけ使わずに、一つひとつ丁寧に解説していきます。この記事を読み終える頃には、「なるほど、そういう仕組みで安全が守られているのか」「会社の車を運転する時は、こんなことに気をつけよう」と、安全運転への意識がさらに高まっているはずです。
そもそも「安全運転管理者制度」って何?
まずは、この制度の基本から見ていきましょう。一体どのような目的で、どのような仕組みになっているのでしょうか。
交通事故を減らすために生まれた、企業のための制度です
安全運転管理者制度は、簡単に言うと「企業や事業所が、組織全体で交通事故防止に取り組むための制度」です。
個人のドライバーが安全運転を心がけることはもちろん大切です。しかし、仕事で車を使う場合、個人の努力だけでは防ぎきれない事故もあります。例えば、「納期に間に合わせるために、つい急いでしまった」「疲れているけれど、会社に戻らないといけない」といった状況が、危険な運転につながる可能性があるのです。
こうした事態を防ぎ、運転する従業員の安全と、社会全体の交通安全を守るために、「事業所ごとに安全運転の責任者を置いて、計画的に安全管理を行いましょう」というのが、この制度の趣旨です。昭和40年に道路交通法で定められ、以来、多くの企業の交通安全を支え続けています。
どんな企業に「安全運転管理者」が必要なの?
では、すべての企業に安全運転管理者が必要なのでしょうか。実は、法律で選任が義務付けられている企業には、明確な基準があります。大きく分けて、使用している自動車の「台数」が基準となります。
選任が必要となる具体的な基準
あなたの勤務先や、これから就職を考えている会社が当てはまるか、チェックしてみましょう。
- 乗車定員が11人以上の自動車(マイクロバスなど)を1台以上使用している
- その他の自動車(普通車、軽自動車、バイクなど)を5台以上使用している
このどちらかの条件に当てはまる事業所は、安全運転管理者を選任し、警察に届け出る義務があります。
ここで言う「使用している」とは、自社で所有している車(社有車)だけでなく、リース契約で借りている車なども含みます。また、「自動車」には、大型自動二輪車や普通自動二輪車(いわゆるバイク)も含まれますが、原動機付自転車(原付)は台数に含まれません。
運送業の場合は少し違う?
トラックで荷物を運ぶ運送業や、タクシー・バス事業など、人や物を運ぶことを専門としている事業者(一般貨物自動車運送事業者など)は、道路運送法という別の法律に基づいて「運行管理者」という資格者を選任しています。この運行管理者を選任している事業所については、安全運転管理者の選任は免除されます。
事業所が複数ある場合は?
本社と支店、営業所など、事業所が物理的に離れた場所に複数ある場合は、それぞれの事業所ごとに上記の基準を判断し、条件に当てはまれば、その事業所ごとに安全運転管理者を選任する必要があります。
もし選任しなかったら…?
この選任義務を怠ると、罰則が科せられる可能性があります。これは、企業が従業員の安全を守る責任をしっかりと果たすための、重要なルールなのです。
どんな人が「安全運転管理者」になれるの?
安全運転管理者は、誰でもなれるわけではありません。従業員の命を預かり、交通安全を推進する重要なポジションのため、一定の資格要件が定められています。
安全運転管理者の資格要件
主に、年齢と実務経験が問われます。
- 年齢:20歳以上であること。(ただし、後述する副安全運転管理者を選任しなければならない場合は30歳以上)
- 運転管理の実務経験:2年以上の運転管理の実務経験があること。
「運転管理の実務経験」と聞くと、難しく感じるかもしれませんね。これは、具体的に以下のような経験を指します。
- 事業所の自動車の運転者を直接指導したり、監督したりした経験
- 運行計画を作成したり、車両の管理をしたりした経験
もし、2年以上の実務経験を持つ人がいない場合は、「公安委員会が認定する、これらと同等以上の能力を持つ人」も選任できます。これには、公安委員会が行う教習を修了した人などが該当します。
一定台数以上になると「副管理者」も必要に
管理する自動車の台数が多くなると、安全運転管理者1人だけでは目が届きにくくなります。そのため、管理する自動車が20台以上になるごとに1人、「副安全運転管理者」を選任する必要があります。
例えば、自動車を30台使用している事業所なら、安全運転管理者1人と、副安全運転管理者1人が必要です。45台なら、安全運転管理者1人と、副安全運転管理者2人といった具合です。
副安全運転管理者の資格要件
副安全運転管理者にも、資格要件があります。
- 年齢:20歳以上であること。
- 運転管理の実務経験:1年以上の運転管理の実務経験があること。または、3年以上の運転経験があること。
安全運転管理者よりも少し要件が緩和されていますが、管理者をサポートする重要な役割であることに変わりはありません。
欠格要件:なれないケースもある
過去に重大な交通違反や法律違反をしたことがある人は、安全運転管理者や副安全運転管理者になることができません。例えば、ひき逃げや、公安委員会から解任命令を受けた日から2年が経過していない人などがこれに該当します。これは、安全運転の模範となるべき立場の人に、高い倫理観が求められるためです。
安全運転管理者の具体的な仕事内容って?
では、安全運転管理者は、日々どのような仕事をしているのでしょうか。その業務は、道路交通法施行規則で具体的に定められています。ここでは、特に重要な7つの業務を、運転初心者の方にもイメージしやすいように解説します。
1. 運転者の状況を把握する
これが最も基本かつ重要な業務です。管理者は、ドライバーが安全に運転できる状態にあるかを常に把握しておく必要があります。
具体的には、
- 運転する人の適性(運転技術、知識、性格など)を把握する
- 運転免許証の有効期限や、運転できる車種の条件などを管理する
- 運転する日の体調や、疲労の度合いを確認する(点呼など)
などを行います。特に、運転前の「点呼」は重要です。「昨日はよく眠れましたか?」「体調は万全ですか?」といった声かけを通じて、ドライバーの心身の状態を確認し、少しでも不安があれば運転を控えさせるなどの判断をします。
2. 安全な運行計画を作成する
仕事で車を運転する場合、目的地や時間が決まっています。管理者は、その運行が安全に行えるように、無理のない計画を立てる責任があります。
- 目的地までの最適なルートを設定する(走りやすい道、危険が少ない道など)
- 移動時間や休憩時間を十分に確保した、ゆとりのあるスケジュールを組む
- 長距離運転や夜間運転の場合は、無理なく運転を交代できるような計画を立てる
「この時間までに届けないと!」という焦りは、速度超過や無理な追い越しにつながりかねません。そうした危険を未然に防ぐために、現実的で安全な運行計画の作成が不可欠なのです。
3. 長距離・夜間運転時の交代要員の配置
長距離の運転や、深夜の運転は、ドライバーに大きな負担をかけ、居眠り運転などの原因となります。管理者は、このような過酷な状況で運転をさせることがないよう、適切に交代できるドライバーを配置する義務があります。
これは、ドライバーの疲労を管理し、事故を未然に防ぐための非常に重要な措置です。
4. 異常気象時の安全確保
台風、大雪、地震など、異常な天候や災害が発生した際には、通常通りの運転は非常に危険です。このような時、管理者は的確な情報を収集し、運転者に必要な指示を出さなければなりません。
- 運転を中止させる
- 安全な待機場所を指示する
- 迂回ルートを指示する
など、状況に応じた冷静な判断が求められます。ドライバーの安全を最優先に考えた指示を出すことが、管理者の重要な役割です。
5. 運転日誌の管理
「誰が、いつ、どこへ、どんな目的で、どの車を運転したか」を記録する「運転日誌」を備え付け、運転者に記録させることも管理者の仕事です。
運転日誌をつける目的は、
- 運転状況を客観的に把握できる
- 走行距離や給油の記録から、車両のメンテナンス時期が分かる
- 万が一事故が起きた際に、状況を正確に把握できる
- 記録するという意識が、ドライバーの安全意識向上につながる
など、多岐にわたります。日々の運転を「見える化」することで、問題点を発見し、改善につなげることができます。
6. 運転者への安全運転指導
管理者は、ドライバーに対して交通安全教育を行う責任があります。これは、ただ「安全運転してください」と言うだけではありません。
- 地域の交通実態や、事故が発生しやすい場所の情報を共有する
- 事故事例などを活用し、危険を予測するトレーニング(危険予知トレーニング)を行う
- 安全運転に関する知識や技術について、定期的に指導する
- それぞれの運転者の運転のクセなどを把握し、個別にアドバイスする
など、具体的で実践的な指導を通じて、事業所全体の安全運転レベルの向上を目指します。
7. アルコールチェックの徹底【重要】
飲酒運転の根絶は、社会全体の悲願です。安全運転管理者制度においても、アルコールチェックの実施は、以前から極めて重要な業務とされてきました。そして近年、このルールがさらに厳格化されています。
運転前後のアルコールチェックが義務に
安全運転管理者は、運転しようとする従業員、そして運転を終了した従業員に対して、酒気帯びの有無を「目視等」で確認する義務があります。
「目視等」とは、
- 運転者の顔色
- 呼気の臭い
- 応答する声の調子
などを確認することです。そして、その確認した内容を記録し、1年間保存しなければなりません。
2023年12月からは「アルコール検知器」の使用が義務化
さらに、飲酒運転撲滅に向けた取り組みを強化するため、2023年12月1日からは、上記の「目視等」での確認に加えて、「アルコール検知器」を用いた酒気帯びの有無の確認が義務化されました。
これは、安全運転管理者にとって非常に大きな変更点です。
- 対象:運転を含む業務の開始前と終了後の両方
- 方法:国の基準を満たしたアルコール検知器を使用する
- 条件:検知器は、いつでも正確に作動し、故障がない状態で保持しておく必要がある
これにより、より客観的かつ確実な方法で、従業員が飲酒していないかを確認することが求められるようになりました。このルールは、会社の車を運転するすべての人に関わる重要な変更点です。もし会社の車を運転する機会がある方は、「運転前後にアルコール検知器でチェックを受けるのが当たり前」ということを、ぜひ覚えておいてください。
安全運転管理者になるには?手続きの流れ
事業所が安全運転管理者を選任した場合、速やかに警察へ届け出なければなりません。
選任したら15日以内に届け出を
安全運転管理者や副安全運転管理者を選任した日から「15日以内」に、必要な書類を事業所の所在地を管轄する警察署(交通課)に提出する必要があります。
必要な書類
届け出に必要な書類は、主に以下の通りです。(地域によって若干異なる場合がありますので、管轄の警察署にご確認ください)
- 安全運転管理者等に関する届出書
- 住民票の写し
- 運転免許証の写し
- 運転管理経歴証明書
- (副安全運転管理者の場合)運転記録証明書など
これらの書類を提出し、受理されることで、正式に安全運転管理者として登録されます。
選任後に必ず受ける「法定講習」
安全運転管理者に選任されたら、それで終わりではありません。年に1回、公安委員会が行う「法定講習」を受講することが義務付けられています。
この講習では、
- 最新の道路交通法改正の内容
- 交通事故の発生状況と、その防止策
- 効果的な安全運転教育の方法
など、管理者の業務に必要な知識を学びます。常に最新の情報を学び、知識をアップデートし続けることが、事業所の安全を守る上で非常に重要だからです。
まとめ
今回は、「安全運転管理者制度」について、できるだけ分かりやすく解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
この記事のポイントを、最後にもう一度振り返ってみましょう。
- 安全運転管理者制度は、一定台数以上の自動車を使用する企業が、組織的に交通事故防止に取り組むための大切な仕組みです。
- 安全運転管理者には、運転者の状況把握や運行計画の作成、そして安全運転指導など、多岐にわたる重要な役割があります。
- 特に、2023年12月から義務化された「アルコール検知器の使用」は、飲酒運転を根絶するための重要なルールです。
- この制度は、管理者に選ばれた人だけのものではありません。会社の車を運転するドライバー一人ひとりが制度を正しく理解し、管理者に協力することが、事業所全体の安全につながります。
普段、私たちが何気なくハンドルを握っているその裏側で、このように安全を守るための仕組みや、その責任を担う人々の存在があることを知っていただけたなら幸いです。
あなたがもし会社の車を運転する機会があるなら、それは会社があなたの安全を信頼し、託してくれているということです。安全運転管理者の指示や指導に真摯に耳を傾け、日々の点呼やアルコールチェックに誠実に対応することが、その信頼に応える第一歩です。
そして、運転初心者の方も、ペーパードライバーの方も、この制度の背景にある「交通事故を一件でも減らしたい」という強い願いを心に留めて、今日からの運転に活かしてください。一つひとつの安全確認、ゆとりを持った運転計画、そして何より「絶対に事故を起こさない」という強い意志が、あなた自身と、あなたの周りの大切な人々の未来を守ります。
安全運転は、誰かから強制されるものではなく、すべてのドライバーが持つべき責任であり、優しさです。この記事が、あなたの安全運転ライフの、ささやかな一助となることを心から願っています。



