イギリスの交通安全対策とは?日本との比較を解説

イギリスの交通安全対策とは?日本との比較を解説

はじめに

私たちの生活に深く関わる自動車交通ですが、残念ながら交通事故は後を絶ちません。交通安全は、国を問わず取り組むべき重要な課題です。自動車を運転する方もしない方も、誰もが安全に道路を利用できる社会の実現が求められています。

本記事では、交通安全先進国の一つとして知られるイギリスと、私たちに馴染み深い日本の交通安全対策を様々な角度から比較し、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。両国の交通事情や文化、法制度の違いを踏まえながら、それぞれの国がどのような考え方で交通安全に取り組み、どのような成果と課題を抱えているのかを明らかにします。

両国の取り組みを知ることで、ご自身の安全運転意識を一層高めるきっかけとなったり、社会全体の交通安全に対する理解を深めたりする一助となれば幸いです。

1. イギリスと日本の交通安全の概況

このセクションでは、両国の交通安全を支える基本的な体制と、実際の交通事故の発生状況について概観します。国によって、交通安全に対する考え方や組織のあり方、そして直面している課題には違いが見られます。

1.1 各国の交通安全を支える体制

交通安全対策を効果的に進めるためには、国レベルでの明確な戦略と、それを実行するための組織体制が不可欠です。イギリスと日本では、その体制にいくつかの違いが見られます。

  • イギリス: イギリスの交通安全行政は、中央政府と地方自治体がそれぞれの役割を担う形で運営されています。
    • 運輸省(Department for Transport – DfT): 国全体の交通安全戦略の策定、関連法規の制定、予算配分、そして交通安全に関する研究開発の推進などを担当しています 。DfTは、鉄道や道路における安全性の向上と、限られた資金を効率的に活用することを目指しています 。  
    • 地方自治体(Local Authorities): 道路交通法に基づき、それぞれの地域における交通事故の防止と削減のための具体的な措置を講じる法的な義務を負っています。これには、道路インフラの整備、適切な速度規制の設定、地域住民への啓発活動などが含まれます 。しかしながら、実際には自治体によって投入できるリソースや交通安全に対する政治的な優先順位に差があり、対策が必ずしも十分でない地域が存在することも課題として指摘されています。これは「postcode lottery(郵便番号による格差)」とも表現され、住んでいる地域によって受けられる交通安全サービスの質に違いが生じている状況を示唆しています 。  
    • 警察: 交通法規の遵守を促すための取り締まり活動、発生した交通事故の原因調査、そして運転者や地域住民に対する交通安全教育などを通じて、道路利用者の安全を守るという重要な役割を担っています 。  
    • 国の交通安全戦略と「セーフシステム」アプローチ: イギリスでは、交通安全対策の基本的な考え方として「セーフシステム(Safe System)」アプローチを採用しています。これは、道路利用者(人間)、車両、そして道路環境という3つの要素全てに同時に働きかけることで、交通事故による死亡者や重傷者を究極的にはゼロにすることを目指す包括的なアプローチです 。このアプローチの根底には、「人間は誰でも間違いを犯すものである」という前提認識があります。そのため、万が一事故が発生したとしても、その結果が死亡や重傷といった深刻な事態に至らないような、多層的で強靭な交通システムを構築することに重点が置かれています。  
    • コミュニティの関与: 交通安全対策を効果的に進める上で、地域住民の意見を積極的に聞き入れ、その協力を得ることの重要性が強く認識されています 。なぜなら、その地域の交通事情や潜在的な危険箇所を最もよく理解しているのは、日頃からその道路を利用している地域住民自身であるという考え方に基づいているからです。住民参加型の対策立案・実施が推奨されています。  
    イギリスの体制は、運輸省が戦略と資金提供の大きな方向性を示し、地方自治体が現場レベルでの具体的な実施責任を負うという役割分担が比較的明確であると言えます。ただし、前述の通り、地方自治体の実行力にはばらつきが見られる可能性も指摘されています。
  • 日本: 日本の交通安全行政は、複数の省庁がそれぞれの専門分野で主要な役割を担い、互いに連携しながら総合的に交通安全を推進する体制となっています。
    • 警察庁: 道路交通法に基づき、交通規制の実施、運転免許制度の運用管理、交通違反の取り締まり、そして国民に対する交通安全教育など、道路交通の安全と秩序維持に関する広範な業務を所管しています 。  
    • 国土交通省: 安全な道路インフラの整備・維持管理、車両の安全基準(道路運送車両の保安基準)の設定と改定、そして新車の安全性能を評価する自動車アセスメント(JNCAP)の実施など、主にハード面からの交通安全対策を推進しています 。  
    • 内閣府: 数年ごとに改定される「交通安全基本計画」の策定や、関係省庁間の施策の調整、そして交通安全思想の国民への普及啓発活動などを担当し、政府全体の交通安全対策を総合的に企画・推進する役割を担っています 。  
    • 交通安全基本計画: これは、日本の交通安全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱を定めるもので、道路交通だけでなく、鉄道、海上、航空交通の安全に関する計画も含まれます。例えば、第11次交通安全基本計画(令和3年度~令和7年度)では、基本理念として「人命尊重」を掲げ、その上で「人優先」の交通安全思想を基本とし、特に高齢者や子供といった交通弱者の安全確保を一層強化すること、AIやICTなどの先端技術を積極的に活用すること、そして事故発生時の迅速な救助・救急活動体制を充実させることなどを重点目標として掲げています 。  
    日本の体制は、警察庁が交通ルールや運転者教育、国土交通省が道路や車両、内閣府が全体の計画・調整といった形で、各省庁の専門性を活かした役割分担が特徴です。この体制は、全国的に統一された基準での対策を進めやすい一方で、地域ごとの特性に応じた柔軟な対応が求められる場面では、省庁間の連携や調整がより重要になると考えられます。 両国の体制を比較すると、イギリスの「セーフシステム」アプローチと日本の「人優先」の思想は、どちらも人命を最大限に尊重し、特に交通弱者の保護を重視するという点で共通の価値観に基づいていると言えます 。しかし、そのアプローチの力点には若干の違いが見受けられます。「セーフシステム」は、人間がエラーを犯すことを前提として、事故が起きても被害を最小限に抑えるためのシステム全体の設計、つまり工学的な側面に強い重点を置いているように見えます。一方、日本の「人優先」思想は、誰を優先的に守るべきかという倫理的な側面や、交通弱者への配慮をより前面に打ち出している印象があります。こうした考え方の違いが、具体的な交通安全施策の優先順位や内容にも影響を与えている可能性があります。例えば、イギリスではラウンドアバウトのような道路設計の工夫や車両安全基準の高度化がより積極的に推進される傾向があり、日本では通学路の安全対策や高齢者向けの安全運転支援技術の普及といった施策が手厚く行われている背景には、こうした思想の違いが反映されているのかもしれません。  

1.2 交通事故の発生状況:統計データから見る日英比較

交通安全対策の成果や課題を客観的に把握するためには、交通事故に関する統計データを分析することが不可欠です。ここでは、イギリスと日本の交通事故の発生状況を比較し、それぞれの国の現状を見ていきます。

  • 死者数・重傷者数の推移と現状:
    • イギリス: 過去数十年にわたり、交通事故による死者数は大幅に減少してきましたが、ここ10年ほどはその減少傾向が残念ながら停滞しています 。運輸省の報告によると、2023年のグレートブリテン(イングランド、スコットランド、ウェールズ)における交通事故死者数は1,624人、重傷者数は28,087人でした 。特に注目すべき点として、自動車乗員と比較して、歩行者、自転車利用者、そしてバイク利用者の移動距離あたりの死傷リスクが依然として高いことが指摘されています 。これは、これらの交通弱者が事故に巻き込まれた際に、より深刻な被害を受けやすいことを示しています。  
    • 日本: 日本の交通事故死者数も長期的には顕著な減少傾向を示してきましたが、警察庁の統計によると、令和5年(2023年)の全国の交通事故死者数は2,678人で、前年と比較して増加し、8年ぶりの増加となりました 。同様に、重傷者数も27,636人と、こちらは23年ぶりに増加に転じました 。日本の交通事故統計で特に顕著な特徴は、死者数全体に占める高齢者(65歳以上)の割合が非常に高いことで、令和5年には56.8%と半数以上を占めています 。  
  • 国際比較データ(OECD等)における両国の位置づけ: 国際的な視点から両国の交通安全レベルを見ると、経済協力開発機構(OECD)の国際道路交通事故データベース(IRTAD)などが参考になります。 2022年のOECD加盟国のデータに基づくと、人口10万人当たりの交通事故死者数では、日本が2.57人、イギリスが2.61人といずれも非常に低い水準にあり、交通安全対策が進んでいる国々と評価できます 。これは、OECD加盟国の中央値である4.28人を大きく下回っており、ノルウェー(2.14人)やスウェーデン(2.17人)といった世界で最も安全な国々に次ぐレベルです。 ただし、日本の交通事故死者数の定義には注意が必要です。日本の警察庁が公表する死者数は、原則として「交通事故発生から24時間以内に死亡した者」を計上しています。これに対し、多くの国(イギリスを含む)や国際的な統計で用いられるのは「事故発生から30日以内に死亡した者」という基準です 。この定義の違いにより、日本の死者数は国際比較上、実態よりも少なく計上されている可能性があり、イギリスとの単純な数値比較や、国際的なランキングを解釈する際にはこの点を考慮に入れる必要があります。もし日本が30日以内死者数を採用した場合、公表される死者数は増加し、イギリスとの比較結果や国際的な位置づけが変わる可能性があります。この統計定義の違いは、単に数値の大小の問題だけでなく、交通安全政策の評価や目標設定にも影響を与えうる重要なポイントです。  
  • 提案テーブル1:日英の主な交通死傷者統計比較(2022/2023年データに基づく概算)
項目イギリス (GB, 2023年) 日本 (2023年) 備考
年間死者数(総数)1,624人2,678人日本は24時間以内死者数
人口10万人あたり死者数 (2022年OECD) 2.61人2.57人OECDデータに基づく。両国とも低水準。
年間重傷者数(総数)28,087人27,636人
死者に占める高齢者(65歳以上)の割合約25% (乗員) 56.8% 日本は高齢者の割合が非常に高い
死者に占める歩行者の割合約25% 約35% (状態別死者数で最多) 両国とも歩行者のリスクが高いが、日本では特に高齢歩行者のリスクが顕著
*注:上記テーブルの数値は、利用可能な最新の公表データに基づき概算で示しており、詳細な定義や集計方法は各出典元をご参照ください。特にイギリスの高齢者割合は乗員に関するデータであり、全体の死者に占める割合とは異なる可能性があります。日本の歩行者割合は状態別死者数からの概算です。*

この表から、両国が抱える交通事故問題の規模感や、特に注意を払うべきターゲット層の違いの一端が見えてきます。

両国の統計データを比較すると、いくつかの共通点と相違点が見えてきます。まず、両国ともに過去数十年間で交通事故による死者数を大幅に削減することに成功してきたものの、近年はその減少ペースが鈍化、あるいは日本のように微増に転じるという共通の課題に直面しています 。これは、これまでの対策がある程度の効果を上げた一方で、高齢化の進行(特に日本)、新たな交通手段(電動キックボードなど)の出現、スマートフォンの普及に伴う「ながら運転」の増加、そして人々の交通安全に対する意識の変化といった、新たな、あるいはより複雑な要因への対応が追いついていない可能性を示唆しています。この「停滞・微増」という状況は、両国が交通安全対策において新たなフェーズに入っており、従来の手法に加えて、より革新的なアプローチや、特定のターゲット層に特化したきめ細かい対策の必要性が高まっていることを示していると言えるでしょう。  

また、交通弱者のリスクという点では、イギリスでは移動距離あたりで見た場合に歩行者、自転車利用者、バイク利用者のリスクが高いことが示されているのに対し 、日本では死者数全体に占める高齢者の割合が極めて高く、特に歩行中の高齢者のリスクが際立っています 。令和5年の統計では、高齢者の人口10万人当たりの歩行中死者数は、全年齢層平均の約4.2倍にも達しています 。どちらの国も交通弱者の保護が重要な課題であることは共通していますが、その具体的な内訳や深刻度には違いが見られます。これらの違いは、都市構造(例えば、イギリスの都市部では自転車通勤がある程度見られるのに対し、日本では地方の高齢者が日常の移動手段として徒歩や自転車に頼らざるを得ないケースが多いなど)、生活習慣、運転免許の保有率、公共交通機関の整備状況といった、それぞれの国の社会経済的背景が影響していると考えられます。したがって、効果的な対策を講じるためには、こうした各国の特性を十分に踏まえる必要があります。イギリスでは自転車インフラのさらなる改善やバイク利用者のための専門的な安全教育がより重要になるかもしれませんし、日本では高齢歩行者のための道路環境整備(バリアフリー化、信号時間の調整、安全な横断施設の設置など)や、高齢ドライバーに対する多角的な対策(運転能力の評価、安全運転支援技術の普及、免許返納支援の充実など)がより喫緊の課題となっていると言えるでしょう。  

2. 運転免許制度の違い

運転免許を取得し、それを維持するための制度は、交通社会に参加するドライバーの質を担保し、交通安全を確保する上での根幹となる部分です。イギリスと日本では、免許の取得プロセスやその後の管理において、それぞれ特徴的な仕組みが見られます。

2.1 イギリスの運転免許取得プロセス

イギリスで自動車の運転免許を取得するには、いくつかのステップを踏む必要があります 。  

  • 仮免許(Provisional Licence)の取得: まず、17歳(一部の車両では16歳から可能な場合もあります)になると、仮免許を申請することができます。申請には、視力基準を満たしていることや、有効な身分証明書(パスポートなど)の提示が必要です 。仮免許を取得すると、Lプレート(LearnerのL)を車両に表示し、資格を持つ指導員(通常は21歳以上で3年以上当該免許を保有している者)の同乗のもとで公道での運転練習を開始できます。  
  • 学科試験(Theory Test): 仮免許を取得したら、次に学科試験に合格する必要があります。この試験は、交通法規や道路標識に関する知識を問う多肢選択式の問題と、実際の道路状況を模したCG動画を見て潜在的な危険を予測しクリックするハザード知覚テスト(Hazard Perception Test)の2部構成となっています 。学科試験に合格しなければ、実技試験を受験することはできません。  
  • 実技試験(Practical Driving Test): 学科試験に合格すると、いよいよ実技試験です。試験は、DVSA(Driver and Vehicle Standards Agency:運転者・車両基準庁)の試験官によって、実際の公道で約40分間(過去に運転禁止処分を受けたことがある場合は約70分間)行われます 。 試験内容は以下の要素で構成されます:  
    1. 視力検査: 一定の距離からナンバープレートを正確に読み取れるかを確認します 。  
    2. 「ショーミー・テルミー」問題(’Show me, tell me’ questions): 試験開始時(テルミー)と運転中(ショーミー)に、車両の日常点検や安全装置の操作方法などに関する口頭試問が行われます 。例えば、「ボンネットを開けてエンジンオイルのレベルを確認する方法を説明してください(テルミー)」や、「走行中にリアウィンドウのデミスターを作動させてください(ショーミー)」といった質問です。  
    3. 一般運転能力: 様々な道路状況や交通状況において、安全かつ適切に車両を操作できるかが評価されます。ただし、高速道路(Motorway)での運転は通常含まれません 。  
    4. 後退操作(Reversing your vehicle): 縦列駐車、駐車場での車庫入れ(前進進入・後退退出、または後退進入・前進退出)、あるいは道路右側に停車後、後退して元の車線に戻るといった課題の中から一つが指示されます 。  
    5. 独立運転(Independent driving): 約20分間、試験官からの指示なしに、ナビゲーションシステム(試験官が設定)または道路標識に従って目的地まで運転します 。  
    実技試験に合格すると、試験官が仮免許証を回収し、後日DVLA(Driver and Vehicle Licensing Agency:運転免許庁)から正式な運転免許証が郵送されてきます。合格した日から、合格証明書を携帯していれば、免許証が届く前でも運転を開始することができます 。  
  • 段階的免許制度(Graduated Driver Licensing – GDL)の議論: イギリスでは、特に若年運転者(17歳から24歳)の交通事故率が他の年齢層に比べて高いことが長年の課題となっています 。この対策として、免許取得後の一定期間、夜間の運転を制限したり、同乗できる若者の人数を制限したりする「段階的免許制度(GDL)」の導入が繰り返し議論されてきました 。GDLの目的は、運転経験の浅い初心者が、比較的リスクの低い状況下で徐々に運転経験を積むことができるようにすることです 。 しかし、GDL導入は若者の移動の自由や就業機会を不当に制限するのではないかという懸念や、制度の複雑化、施行の難しさなどから、イギリス政府はこれまでに何度か導入計画を検討したものの、最終的には断念した経緯があります 。GDLの代替案として、あるいは補完策として、企業が雇用する若手ドライバーに対する専門的な運転訓練の重要性などが指摘されています 。  
  • バイクのCBT(Compulsory Basic Training): 自動車とは別に、モペッド(50cc以下)や小型バイク(125ccまで)に乗るためには、CBT(Compulsory Basic Training:義務的基礎訓練)と呼ばれる基本的な運転訓練コースを修了する必要があります 。これは合格・不合格を判定する「試験」ではなく、公道で安全にバイクを操作するための基本的な知識と技能を習得するための「訓練コース」です。 CBTを修了すると証明書が発行され、Lプレート(ウェールズではDプレートも可)をバイクに表示して2年間、公道を運転することができます。この2年間のうちに、より上位の正式なバイク免許試験に合格する必要があります。もし2年以内に合格できなければ、再度CBTを受け直すか、バイクの運転をやめなければなりません 。  

2.2 日本の運転免許取得プロセス

日本では、運転免許を取得する際に多くの人が指定自動車教習所を利用する点が大きな特徴です。

  • 指定自動車教習所の役割: 指定自動車教習所とは、公安委員会が定めた人的基準(資格のある管理者や指導員の配置)、物的基準(定められた広さの教習コースや必要な教習車両、学科教習を行う教室などの設備)、そして運営基準(内閣府令で定める教習内容や方法)のすべてを満たしていると認定された教習施設です 。 指定自動車教習所の最大のメリットは、教習所が実施する卒業検定に合格すれば、運転免許試験場(運転免許センター)で行われる技能試験が免除される点です 。これにより、多くの免許取得希望者は、慣れた環境で技能を習得し、検定を受けることができます。 教習内容は、交通法規や安全運転に関する知識を学ぶ「学科教習」と、実際の運転技術を学ぶ「技能教習」から構成され、それぞれ第1段階(主に教習所内のコースを使用)と第2段階(主に実際の公道を使用)に分かれてカリキュラムが組まれています 。  
  • 免許取得の流れ:
    1. 入所~第1段階:
      • 教習所への入所手続き後、まず適性検査(視力、聴力、色彩識別能力、運動能力など)を受けます。
      • 学科教習では、運転者の心得、交通信号、標識・標示、安全な速度と車間距離など、基本的な交通ルールやマナーを学びます。
      • 技能教習は教習所内のコースで行われ、車両の基本的な操作方法(発進、停止、カーブ、坂道発進など)を習得します。1日に受講できる技能教習の時限数には上限が設けられています(通常2時限まで)。
    2. 修了検定・仮免許学科試験:
      • 第1段階の学科教習と技能教習をすべて修了すると、修了検定(所内コースでの運転技能検定)を受験できます。これに合格すると、次に仮免許学科試験(マークシート方式の筆記試験)を受験します。
      • 両方に合格すると、仮運転免許証が交付され、第2段階の路上教習に進むことができます。
    3. 第2段階:
      • 学科教習では、応急救護処置(AEDの使用方法を含む)、危険予測ディスカッション、高速道路での運転知識など、より実践的な内容を学びます。
      • 技能教習は、指導員同乗のもと、実際の公道で行う路上教習が中心となります。方向転換や縦列駐車、高速道路での教習もこの段階で行われます。
    4. 卒業検定:
      • 第2段階の全ての教習を修了すると、卒業検定(路上での運転技能検定と、教習所内に戻ってからの方向転換または縦列駐車)を受験します。
      • これに合格すると、教習所から卒業証明書が交付されます。卒業証明書の有効期間は1年間です。
    5. 本免許学科試験と免許証交付:
      • 卒業証明書を持って、住民票のある都道府県の運転免許試験場で本免許学科試験(マークシート方式の筆記試験)を受験します。
      • これに合格し、適性検査(視力など)にも合格すれば、運転免許証が即日交付されます。
  • 免許更新制度と講習区分: 日本の運転免許証には有効期間があり、期間満了前に更新手続きを行う必要があります 。 更新時には、過去の違反歴や運転者の年齢などに応じて区分された講習(優良運転者講習、一般運転者講習、違反運転者講習、初回更新者講習、高齢者講習など)を受ける必要があります。例えば、過去5年間無事故無違反の「ゴールド免許」所持者は、講習時間が30分と短く、更新手数料も比較的安価です。一方、違反歴のある運転者は、より長時間の講習を受けることになります 。 特に、70歳以上の運転者は更新時に高齢者講習の受講が義務付けられており、75歳以上になると、それに加えて認知機能検査も受けなければなりません 。これらの制度は、加齢に伴う運転能力の変化に対応し、高齢ドライバーの安全運転を支援、あるいは適切な時期での運転からの引退を促すことを目的としています。  

両国の免許制度を比較すると、いくつかの興味深い点が見えてきます。 まず、免許取得プロセスにおける標準化の度合いです。日本では、指定自動車教習所制度により、全国の教習所で提供されるカリキュラムや教習の質がある程度標準化されています。これにより、どこで免許を取得しても一定レベルの運転技能と知識が担保されやすい構造になっています。一方、イギリスでは、学科試験や実技試験自体はDVSAによって全国統一基準で実施されますが、そこに至るまでの教習内容や質は、個々のドライビングスクールや指導員によってばらつきが生じる可能性があります。イギリスの資料では、多くの若者ができるだけ短期間で試験に合格することを目指す傾向があり、運転経験の積み重ねよりも試験対策に偏る可能性も示唆されています 。この違いは、免許取得直後の初心者ドライバーの運転スキルや安全意識の均質性に影響を与えるかもしれません。  

次に、若年運転者対策のアプローチの違いです。前述の通り、イギリスでは若年層の高い事故率を背景にGDL導入が長年議論されてきましたが、社会的な制約への懸念から実現には至っていません 。これに対し、日本にはイギリスで議論されているような免許取得後の明確な制限(夜間運転禁止など)はありませんが、指定自動車教習所における段階的かつ体系的な教育プログラムが、ある意味で「教習期間中のGDL」のような役割を果たし、若年層の安全運転能力の底上げに貢献していると考えられます。イギリスでは免許取得直後の「実地での経験不足」が問題視される傾向があるのに対し、日本では教習所という「管理された環境下での集中的な訓練」が重視されていると言えるでしょう。  

さらに、免許更新制度を通じた安全意識の再喚起という点でも違いが見られます。日本の免許更新時の講習区分制度は、運転者の違反歴や年齢に応じて講習内容や時間を変えることで、定期的に自身の運転行動を振り返り、安全意識を再確認する機会を提供しています 。特に高齢者向けの講習や認知機能検査は、加齢に伴う心身機能の変化に対応するための重要な仕組みとして機能しています 。イギリスの運転免許更新は、主に10年ごとの写真更新などが中心で、日本のように定期的な講習受講を義務付ける制度は一般的ではないようです(提供資料からは詳細不明ですが、日本の制度ほど強調されていません)。この差は、生涯を通じた交通安全教育の機会の多寡として現れる可能性があります。日本では免許更新が定期的な「学び直し」の機会となっているのに対し、イギリスでは免許取得後の安全意識の維持は、より個人の自己啓発や、事故・違反を起こした際の個別的な対応に委ねられる部分が大きいのかもしれません。  

3. 主な交通ルールと規制の比較

日々の安全運転に直結する交通ルールや各種規制は、国によって細かな違いがあり、それがその国の交通文化や安全思想を反映していることもあります。ここでは、イギリスと日本の間で特にドライバーが意識すべき主要な交通ルールと規制を比較してみましょう。

3.1 通行区分

  • イギリス・日本共通: まず基本的な点として、イギリスと日本の両国は、車両が道路の左側を通行するという共通点があります 。これは世界的に見れば少数派ですが、歴史的な経緯(例えば、かつての馬車交通の慣習など)に由来すると言われています。日本人ドライバーにとっては、海外で運転する際に右側通行の国よりも馴染みやすく、運転感覚を掴みやすいというメリットがあります。  

3.2 速度制限

道路上の速度制限は、交通の安全性と円滑性のバランスを取る上で非常に重要な規制です。

  • イギリス:
    • 全国的な制限速度の基本:
      • 市街地(Built-up areas): 原則として、道路に街灯が設置されている区域では、制限速度は時速30マイル(mph)(約48km/h)です。ただし、個別の道路に速度標識でこれと異なる制限速度が指定されている場合は、その標識に従う必要があります 。  
      • ウェールズの特例: ウェールズでは、2023年9月から、街灯のある制限道路(Restricted Roads)におけるデフォルトの制限速度が、従来の30mphから20mph(約32km/h)に引き下げられました。これは歩行者や自転車利用者の安全性を高めることを目的とした大きな政策変更です 。  
      • 1車線道路(Single carriageways): 市街地以外の、中央分離帯のない片側1車線の道路では、通常60mph(約96km/h)が制限速度です。
      • 2車線道路(Dual carriageways)および高速道路(Motorways): 中央分離帯のある片側2車線以上の道路や高速道路では、通常70mph(約112km/h)が制限速度です。
    • 20mphゾーン/リミットの推進: 近年、イギリスでは特に学校周辺や住宅街など、歩行者や自転車利用者の安全確保が強く求められる地域において、制限速度を20mphに設定する「20mphゾーン」や「20mphリミット」の導入が積極的に進められています。これらの低速ゾーンは、交通事故の発生件数や事故発生時の被害の深刻さを軽減する効果に加え、騒音の低減や地域住民の生活環境の質的向上にも寄与するとされています 。物理的な交通静穏化措置(スピードハンプ、狭さくなど)を伴うものを「20mphゾーン」、標識による速度規制のみのものを「20mphリミット」と区別することがあります 。研究によれば、20mphゾーンは実際に車両の平均速度を低下させ、死傷者数を減少させる効果が確認されています 。  
    • 速度違反の取り締まり: イギリスでは、固定式、移動式、さらには一定区間の平均速度を計測するタイプ(SPECSなど)を含む多種多様なスピードカメラが、全国のあらゆる種類の道路に広範囲に設置されており、速度違反の監視を行っています 。もちろん、警察官による現場での取り締まりも実施されています。法的には1mphでも制限速度を超過すれば違反となりますが、実際の警察の運用においては、若干の誤差を考慮し「制限速度の10% + 2mph」までは許容されるという非公式なガイドラインが存在するとも言われています 。ただし、これはあくまで目安であり、厳密には常に制限速度を遵守することが求められます。  
  • 日本:
    • 法定速度の基本:
      • 一般道路: 道路標識や道路標示によって指定された最高速度がない場合、自動車は原則として時速60km/h、原動機付自転車は30km/hが法定速度です。ただし、実際には多くの道路で標識による指定速度が設定されており、そちらが優先されます。
      • 高速自動車国道(本線車道): 対面通行でない区間(中央分離帯がある区間)では、大型乗用自動車、中型乗用自動車、普通自動車などは原則100km/hです。ただし、一部の安全性が高いと認められた区間では、試験的に110km/hや120km/hに引き上げられている場所もあります。大型貨物自動車等(車両総重量8トン以上または最大積載量5トン以上)については、2024年4月1日から法定最高速度が従来の80km/hから90km/hに引き上げられました 。大型特殊自動車や牽引自動車などは80km/hです 。  
    • 「ゾーン30」および「ゾーン30プラス」の整備: 日本でも、住宅街や学校周辺などの生活道路における歩行者や自転車利用者の安全を確保するため、最高速度を30km/hに規制する区域「ゾーン30」の整備が全国的に進められています 。さらに、この速度規制に加えて、ハンプ(路面上に設けられた凸部)や狭さく(車道の幅を物理的に狭める構造物)、スムーズ横断歩道(段差をなくし視認性を高めた横断歩道)といった物理的なデバイスを組み合わせることで、より効果的に車両の速度を抑制し、抜け道利用を防ぐ「ゾーン30プラス」という取り組みも導入されています 。  
    • 速度違反の取り締まり: 日本では、固定式の自動速度違反取締装置(オービス)、警察官が三脚などで設置して行う移動式オービス、そしてパトカーや白バイによる追尾・現認など、様々な方法で速度違反の取り締まりが行われています 。  
  • 提案テーブル2:日英の標準的な制限速度比較
道路種別イギリスの標準的制限速度 日本の標準的制限速度 備考
市街地(街灯あり/生活道路)30mph (約48km/h) ※ウェールズは20mph (約32km/h)30km/h (ゾーン30指定区域) / 標識による指定イギリスはデフォルト値、日本は区域指定や個別指定が多い。
郊外の一般道(中央分離帯なし/片側1車線)60mph (約96km/h)60km/h (法定速度) / 標識による指定
郊外の一般道(中央分離帯あり/片側2車線以上)70mph (約112km/h)60km/h (法定速度) / 標識による指定日本では一般道の場合、中央分離帯の有無で法定速度は変わらないが、指定速度で60km/hを超えることは稀。
高速道路70mph (約112km/h)100km/h (普通車等) / 90km/h (大型貨物)日本は一部区間で120km/hも。
この表からもわかるように、特に市街地における速度設定には違いが見られます。イギリス(特にウェールズ)では、より低い速度をデフォルトとして設定し、歩行者や自転車の安全を優先する姿勢が強く表れています。20mphゾーンやゾーン30といった取り組みは、交通事故死傷者の削減だけでなく、より安全で快適な生活環境を実現するという共通の思想に基づいていると言えるでしょう。
また、速度超過に対する許容範囲についても、文化や運用実態に違いがあるかもしれません。イギリスでは「10% + 2mph」という運用上の目安が示唆されているのに対し [33]、日本では公式にはそのような許容範囲は示されておらず、厳格な法執行が基本とされています。しかし、実際の道路では、特に流れの良い幹線道路などで、多くの車両が実勢速度として制限速度を多少上回って走行している光景が見られることもあります。これは、道路の設計速度が実際の制限速度よりも高く設定されている場合や、周囲の車両の流れに合わせる「同調行動」などが影響していると考えられます。このような違いは、運転者の遵法意識のあり方や、交通取り締まりに対する社会的な考え方の違いを反映している可能性があります。

3.3 飲酒運転・薬物運転対策

飲酒運転や薬物使用下での運転は、判断力や操作能力を著しく低下させ、重大事故を引き起こす極めて危険な行為であり、両国ともに厳しい対策を講じています。

  • イギリス:
    • アルコール基準値: イングランド、ウェールズ、北アイルランドにおける運転者のアルコール許容基準値は、呼気100ミリリットル中35マイクログラム(µg)、または血中アルコール濃度で100ミリリットル中80ミリグラム(mg)です 。 なお、スコットランドではこれよりも厳しい基準が採用されており、呼気100ml中22µg、血中100ml中50mgとなっています。  
    • 罰則: 飲酒運転で有罪判決を受けると、非常に厳しい罰則が科されます。具体的には、最長で6ヶ月の懲役(悪質な場合や結果の重大性によってはさらに長期)、罰金額に上限が設定されていないケースもある高額な罰金、そして最低でも1年間の運転免許剥奪(バン)などです。特に、過去10年以内に2回有罪判決を受けると、最低3年間の運転禁止となります 。薬物を使用した状態での運転(ドラッグドライビング)についても、同様に厳しい罰則が規定されています。  
  • 日本:
    • アルコール基準値: 日本では、呼気1リットル中のアルコール濃度が0.15ミリグラム(mg/L)以上で「酒気帯び運転」とされ、0.25mg/L以上ではより重い行政処分および罰則の対象となります。さらに、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態(ろれつが回らない、まっすぐ歩けないなど)と判断されれば、「酒酔い運転」として、基準値の数値に関わらず最も重い処分が科されます。
    • 罰則: 酒気帯び運転、酒酔い運転ともに、懲役または罰金、そして運転免許の取消または停止といった厳しい行政処分および刑事罰が科されます。例えば、酒酔い運転の場合は5年以下の懲役または100万円以下の罰金、酒気帯び運転(0.25mg/L以上)の場合は3年以下の懲役または50万円以下の罰金です。 飲酒運転によって死傷事故を起こした場合には、危険運転致死傷罪(アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為など)が適用される可能性があり、その場合はさらに重い刑罰(死亡事故で1年以上20年以下の懲役など)が科されます。 また、飲酒運転をした本人だけでなく、車両を提供した者、酒類を提供した者、そして飲酒を知りながら同乗した者も、状況に応じて処罰の対象となる場合があります。
    両国の制度を比較すると、イギリス(イングランド等)の血中アルコール濃度基準値(80mg/100ml)は、日本の実質的な基準値(呼気0.15mg/Lは約30mg/100mlに相当)と比較すると、数値上は緩やかです。しかし、イギリスの罰則は、懲役刑や上限なしの罰金、長期の運転禁止など、一度検挙された場合のペナルティは極めて重いものとなっています。 一方、日本では基準値自体が厳しく設定されており、社会全体としても「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」という意識が非常に強く、飲酒運転に対する道徳的・社会的な非難も極めて厳しい文化があります。 どちらの国も飲酒運転の根絶を目指し、その危険性を重く見て厳格に対処しようとしていますが、基準値のレベル、罰則の具体的な内容、そして社会的・文化的な背景における飲酒運転への許容度(あるいは非許容度)の度合いに違いが見られると言えるでしょう。

3.4 携帯電話使用・ながら運転

運転中の携帯電話の使用や、その他の「ながら運転」行為は、注意力を散漫にし、交通事故のリスクを高める危険な行為として、両国で規制が強化されています。

  • イギリス:
    • 運転中に、手で持って携帯電話、スマートフォン、ナビゲーション装置、タブレット端末など、データ送受信が可能なあらゆる種類の電子機器を使用することは、全面的に禁止されています。これには、通話、テキストメッセージの送受信、SNSの閲覧や投稿、写真や動画の撮影、インターネットの閲覧などが含まれます 。  
    • この法律は、車両が信号待ちで停止している間や、渋滞で列に並んでいる間も適用されます 。  
    • ハンズフリー装置(Bluetoothヘッドセット、音声コマンド、ダッシュボードホルダーなど)を使用しての機器の操作は許可されています。ただし、たとえハンズフリーであっても、運転への集中を欠いていると警察官に判断された場合には、不注意運転として検挙される可能性があります 。  
    • 違反した場合の標準的な罰則は、6点のペナルティポイントと200ポンドの罰金です。特に、運転免許を取得してから2年以内の初心者がこの違反を犯した場合、免許は取り消しとなります。より悪質なケースや、裁判所での審理となった場合には、罰金額が大幅に増額されたり(最大1,000ポンド、大型車の場合は2,500ポンド)、運転禁止処分が科されたりすることもあります 。  
  • 日本:  
    • 日本でも、運転中に携帯電話等を手で保持して通話したり、その画面を注視したりする行為(カーナビゲーションシステムの画面を注視することも含む)は、道路交通法で禁止されています。
    • 2019年12月には罰則が大幅に強化され、携帯電話使用等(保持)で違反点3点・反則金(普通車の場合18,000円)、携帯電話使用等(交通の危険)で違反点6点・直ちに刑事罰の対象(1年以下の懲役または30万円以下の罰金)となりました。
    • さらに、2024年11月からは、自転車運転中の「ながらスマホ」(通話や画面注視)に対する罰則も強化され、自転車の「酒気帯び運転」も新たに罰則対象となるなど、規制が拡大されています 。  
    両国とも、運転中の注意散漫がいかに危険であるかという認識は共通しており、その対策を強化しています。ただし、ハンズフリー装置の扱いについては、イギリスでは基本的に許可されているものの「運転に集中していない」と見なされれば処罰対象となりうるのに対し、日本ではハンズフリー通話自体は直ちに違反とはならないものの、自治体の条例で禁止されている場合があり、また画面注視はハンズフリーか否かに関わらず違反となるなど、法規制の具体的な線引きには若干の違いが見られます。究極的にはどちらの国も「安全運転に必要な注意力を維持すること」をドライバーに求めていますが、そのための規制アプローチに差があると言えるでしょう。

3.5 シートベルト・チャイルドシート

シートベルトやチャイルドシートは、万が一の事故の際に乗員の被害を大幅に軽減する最も基本的かつ効果的な安全装置です。

  • イギリス:
    • 運転者だけでなく、助手席および後部座席を含む全ての同乗者に、シートベルトの着用が法律で義務付けられています 。  
    • 子供の安全確保については、身長が135cmに達するか、または12歳の誕生日を迎えるまでのいずれか早い方まで、その子供の体重や身長に適したチャイルドシート(チャイルドレストレイントシステム)の使用が義務付けられています 。  
  • 日本:
    • 日本でも、運転席と助手席はもちろんのこと、後部座席も含めた全席でのシートベルト着用が法律で義務化されています。
    • 6歳未満の幼児を自動車に乗車させる際には、チャイルドシートの使用が義務付けられています。
    チャイルドシートの使用義務に関する基準を比較すると、イギリスでは「身長135cmまたは12歳まで」と、日本の「6歳未満」という基準よりも対象となる期間が長く設定されています 。これは、子供の体格に合わせた適切な安全確保を、より長期間にわたって重視する姿勢の表れと考えられます。年齢だけでなく身長という具体的な体格基準を併用しているイギリスの規定は、子供一人ひとりの成長度合いに応じた、よりきめ細かい安全対策と言えるでしょう。日本では6歳を過ぎるとチャイルドシートの法的義務はなくなりますが、実際にはまだ大人用のシートベルトが体格に合わず、適切に機能しない(例えば、ベルトが首にかかったり、腹部を圧迫したりする)子供も少なくありません。このような場合、ジュニアシートなどの使用が推奨されますが、義務ではないため、安全上の課題が残る可能性があります。  

4. 交通弱者保護のための取り組み

自動車交通において、歩行者や自転車利用者は、車両と比較して非常に弱い立場にあります。また、高齢者や子供たちは、身体的な能力や危険認識の面で特別な配慮が必要です。これらの「交通弱者」を交通事故の危険から守ることは、あらゆる交通安全対策の中でも最優先で取り組むべき課題の一つです。

4.1 歩行者の安全

  • イギリス: イギリスでは、歩行者の安全確保のために、多様な種類の横断施設が整備され、また、交通ルール(ハイウェイコード)においても歩行者優先の考え方が強化されています。
    • 横断歩道の種類とルール:
      • ゼブラクロッシング(Zebra crossing): 道路上に白黒の縞模様が引かれ、両脇に「ビーコン」と呼ばれるオレンジ色の球体が点滅しているのが特徴です。信号機はありません。車両の運転者は、歩行者がゼブラクロッシングを横断しようとしている、あるいは横断中である場合には、停止して道を譲らなければなりません 。2022年のハイウェイコード改訂により、横断歩道で「待っている」歩行者に対しても、車両は道を譲るべきであるというルールがより明確化されました 。  
      • ペリカンクロッシング(Pelican crossing): “Pedestrian Light Controlled”の略で、歩行者が押しボタンを押すことで信号が変わるタイプの横断歩道です。歩行者用信号が青(緑色の人型)になれば横断を開始できます。車両用信号が赤色の点滅に変わった場合は、横断中の歩行者がいなければ車両は進行することができますが、歩行者がいれば引き続き停止して待たなければなりません 。  
      • パフィンクロッシング(Puffin crossing): “Pedestrian User-Friendly Intelligent”の略で、ペリカンクロッシングと似ていますが、より高度なセンサー技術が用いられています。横断歩道上の歩行者をセンサーが感知し、必要に応じて青信号の時間を自動的に延長したり、歩行者がいなくなれば早めに赤信号に切り替えたりします。また、歩行者用信号は、横断する先の対岸ではなく、押しボタンと同じ側の手元に設置されているのが特徴で、これにより歩行者は信号と接近する車両の両方を確認しやすくなっています 。  
      • トゥーカンクロッシング(Toucan crossing): “Two can cross”(二人で渡れる)という意味合いから名付けられ、歩行者と自転車利用者が同時に横断できるように設計されています。通常、自転車道に隣接して設置されます 。  
      • ペガサスクロッシング(Pegasus crossing): 乗馬者が馬に乗ったまま横断できるように、押しボタンが高い位置に設置されているなど、特別な配慮がなされた横断歩道です 。  
    • ハイウェイコードにおける優先順位の明確化: 2022年1月に行われたハイウェイコードの大幅な改訂では、「道路利用者の階層(Hierarchy of Road Users)」という新しい概念が導入されました。これは、交通事故が発生した場合に最も大きな危害を受ける可能性のある道路利用者(歩行者、特に子供、高齢者、障害者)に最も高い優先順位を与え、次に自転車利用者、馬に乗る人、そして自動車運転者の順に責任が重くなるという考え方です。この改訂により、交差点を曲がる車両は、その進路を横断しようとしている歩行者に道を譲らなければならないことや、前述のゼブラクロッシングで待っている歩行者への優先などが、より明確に規定されました 。この変更は、単にルールを厳格化するだけでなく、より歩行者に優しい交通文化を醸成しようとするイギリスの強い意志の表れと言えます。  
    • 歩行者安全に関する懸念事項: こうした取り組みにもかかわらず、歩行者の安全に関する課題は依然として存在します。市民団体などからは、歩道への不法駐車(Pavement parking)が歩行者の通行を妨げ、危険な車道への進出を余儀なくさせている問題、子供たちの通学路の安全性、特に女性が夜間に一人で歩く際の安全確保などが懸念事項として挙げられています 。また、一部地域では、歩道が狭かったり、安全に道路を横断できる場所が不足していたりすることも指摘されており、インフラ整備の遅れも課題となっています 。  
  • 日本: 日本においても、道路交通法において歩行者優先の原則が明確に定められています。  
    • 歩行者優先の原則: 車両等の運転者は、横断歩道や自転車横断帯に近づいた際には、その手前で停止することができるような速度で進行する義務があります。そして、横断しようとしている、または横断中の歩行者や自転車がいる場合には、横断歩道等の直前(停止線がある場合はその直前)で一時停止し、かつ、その通行を妨げてはならないとされています 。これは、信号機のない横断歩道でも同様です。  
    • 横断歩道インフラの整備: 日本の横断歩道には、信号機が設置されたもの、歩行者がボタンを押して信号を操作する押しボタン式信号機が一般的です。また、視覚に障害のある方々が安全に横断できるよう、音響信号機や、足裏で感知できる点字ブロック(正式名称:視覚障害者誘導用ブロック)が設置されている場所も多くあります 。近年では、横断歩道の存在をドライバーに早期に認識させ、車両の減速を促すために、横断歩道の手前の路面にカラー舗装を施したり、段差をすり付け状にしてスムーズな横断を可能にする「スムーズ横断歩道」の設置も進められています 。  
    イギリスと日本の歩行者保護に関する取り組みを比較すると、特に横断歩道における優先権の考え方とその実効性に注目が集まります。イギリスでは2022年のハイウェイコード改定により、横断歩道で「待っている」歩行者に対しても車両が道を譲る義務がより明確に打ち出されました 。これは、従来よりも一歩踏み込んだ歩行者保護の姿勢を示しています。一方、日本では以前から「横断しようとする」歩行者への優先義務が法律で定められていますが 、残念ながら、特に信号機のない横断歩道における車両の一時停止率は依然として低い水準にあることが、JAF(日本自動車連盟)などの調査で繰り返し指摘されています。法律上のルールと実際のドライバーの行動との間に乖離があるのが現状です。イギリスのルール明確化は、ドライバーの判断基準をよりクリアにすることで、歩行者の安全性を実質的に高めようとする意図がうかがえます。この違いは、法制度の整備だけでなく、ドライバー教育の内容、広報啓発活動のあり方、そして交通違反取り締まりの重点の置き方にも影響を与える可能性があります。ルールを定めるだけでなく、それをいかに社会全体に浸透させ、遵守させるかという点が、両国共通の課題と言えるでしょう。   また、横断歩道そのものの種類についても違いが見られます。イギリスには、ゼブラクロッシング、ペリカンクロッシング、パフィンクロッシング、トゥーカンクロッシングなど、多様な種類の横断歩道が存在し、それぞれの交通状況やニーズに応じて使い分けられています 。これは、きめ細かい安全対策の表れと見ることもできますが、一方で、特に運転初心者や、イギリスの交通事情に不慣れな外国人ドライバーにとっては、それぞれの横断歩道のルールを正確に理解し、適切に対応することが求められるため、ルールの複雑化という側面も持ち合わせています。これに対し、日本の横断歩道は、信号機の有無や押しボタン式のものが中心で、イギリスほど多様ではありません。この点は、特にイギリスで運転する機会のある初心者の方にとっては、注意すべきポイントと言えるでしょう。  

4.2 自転車利用者の安全

近年、健康志向や環境意識の高まりから、自転車を利用する人が増えていますが、それに伴い自転車関連の事故も課題となっています。

  • イギリス: イギリスでは、自転車をより安全で魅力的な交通手段と位置づけるため、交通ルールの見直しやインフラ整備が進められています。
    • ハイウェイコードの変更点(2022年改訂): 歩行者保護の強化と同時に、自転車利用者の安全に関するルールも大幅に更新されました 。
      • 車道走行時の位置: 自転車が車道を走行する際、特に道幅が狭い場所、交差点の手前、あるいは左折をしようとする自動車がいる場合などには、安全のために車線の中央(プライマリーポジション)を走行することが推奨されるようになりました。これは、自動車による幅寄せや危険な追い越しを防ぎ、自転車の存在を明確に示すことを目的としています 。  
      • 追い越し時の安全マージン: 自動車が自転車を追い越す際には、時速30マイル以下の道路では最低でも1.5メートル(約5フィート)の十分な間隔を空けることが推奨されています。より高速な道路では、さらに大きな間隔が必要です。
      • 交差点での優先順位: 交差点において、直進しようとする自転車利用者は、左折または右折しようとする自動車よりも優先されることが明確化されました。自動車は、自転車の進路を妨害してはなりません 。  
      • 集団走行: 自転車が集団で走行する際には、2列で並んで走行することも認められています。これは、特に子供や経験の浅いサイクリストを伴う場合や、交通量の多い道路では、かえって安全性を高める場合があるという考えに基づいています。ただし、後方から来る車両の通行に配慮し、必要に応じて1列になるなどの対応も求められています 。  
    • 自転車インフラ整備: 安全で快適な自転車道(cycle track)や自転車レーン(cycle lane)の整備が国や地方自治体によって推進されています。政府は、自転車を単なるレジャーの手段としてではなく、日常的な移動を支える主要な交通手段の一つとして位置づけ、質の高いインフラ整備を目指す方針を示しています 。そのための詳細な設計ガイドライン(Local Transport Note 1/20など)も策定されており、そこでは自動車交通から物理的に分離された自転車専用空間の確保や、交差点における自転車の安全対策などが具体的に示されています 。ただし、安易に既存の歩道の一部を自転車道に転用するといった質の低い整備は、歩行者との新たなコンフリクトを生む可能性があるため避けるべきであるとの指摘もなされています 。  
  • 日本: 日本でも自転車の安全利用を促進するための様々な取り組みが行われています。  
    • 自転車の通行ルール(自転車安全利用五則など): 警察庁などが中心となって「自転車安全利用五則」を定め、その遵守を呼びかけています 。主な内容は以下の通りです。  
      1. 車道が原則、歩道は例外: 自転車は道路交通法上「軽車両」に位置づけられており、車道を通行するのが原則です。ただし、子供や高齢者、あるいは車道の状況からやむを得ない場合など、特定の条件下では歩道を通行できます。
      2. 車道は左側を通行: 車道を通行する際は、道路の左端に寄って通行しなければなりません。
      3. 歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行: 歩道を通行できる場合でも、常に歩行者が優先です。車道寄りの部分をすぐに止まれる速度で走行し、歩行者の通行を妨げる場合は一時停止しなければなりません 。  
      4. 安全ルールを守る: 飲酒運転、二人乗り(幼児用座席に幼児を乗せる場合などを除く)、並進(「並進可」の標識がある場所以外)は禁止されています。夜間は必ずライトを点灯し、交差点では信号を遵守し、一時停止場所では確実に一時停止して安全確認を行う必要があります 。  
      5. 子どもはヘルメットを着用: 13歳未満の子供が自転車に乗る場合、保護者はヘルメットを着用させるよう努めなければなりません。
    • ヘルメット着用努力義務化: 2023年4月1日から、道路交通法の改正により、年齢にかかわらず全ての自転車利用者に乗車用ヘルメットの着用が努力義務化されました。警察庁のデータによると、自転車乗用中の交通事故で死亡した人の約6割が頭部に致命傷を負っており、ヘルメット非着用時の致死率は着用時と比較して約2~3倍高くなるとされています 。  
    • 罰則強化の動き: 自転車による危険な違反行為が後を絶たないことから、罰則の強化も進められています。2024年11月からは、自転車運転中の「ながらスマホ」(携帯電話で通話したり画面を注視したりする行為)や、自転車の「酒気帯び運転」に対する罰則が新たに設けられたり、強化されたりしました 。また、信号無視や一時不停止といった危険な違反行為を3年以内に2回以上繰り返した場合には、自転車運転者講習の受講が命じられ、これに従わない場合は罰金が科される制度も導入されています 。  
    • インフラ整備の課題: 日本でも自転車道や自転車専用通行帯の整備は各地で進められていますが、まだ十分とは言えない状況です。特に都市部では、路上駐停車車両が自転車の通行空間を塞いでしまったり、車道と自転車の通行空間が明確に分離されていない「車道混在」区間が多く、自転車利用者が安心して走行できる環境が十分に確保されていないといった課題が指摘されています 。  
    イギリスのハイウェイコード改定に見られるように、自転車を明確に「車両」として位置づけ、車道における走行空間と優先権を積極的に確保しようとする動きは、自転車の交通モードとしての地位向上を目指すものです 。一方、日本の「自転車安全利用五則」も車道原則をうたってはいますが 、実態としては歩道通行も多く見られ、インフラ整備も自転車道のような車道からの分離型と、自転車レーンのような車道混在型の両面で模索が続いている状況です 。この背景には、自転車を都市交通システムの中でどのように位置づけるかという戦略の違いや、道路空間の制約、そして長年の交通慣行などが影響していると考えられます。 ヘルメット着用に関しては、日本で2023年から全年齢での努力義務化が施行されたのに対し 、イギリスでは子供に対する着用推奨はあるものの、大人に対する法的な義務化までは至っていません(提供資料からは明確な言及なし)。これは、個人の自由への介入の度合いや、安全確保の手段として何に重点を置くか(個人の装備か、インフラ整備か、ルール遵守か)といった点に対する考え方の違いを反映している可能性があります。  

4.3 高齢運転者対策

両国ともに社会の高齢化が進んでおり、高齢運転者の安全確保は喫緊の課題となっています。

  • イギリス: イギリスでは、高齢運転者を特別な配慮が必要なグループとして認識し、その安全を支援するための取り組みが行われています。
    • 交通安全戦略における高齢者への配慮: 国の交通安全戦略において、高齢者は、若年運転者、地方部の道路利用者、そしてバイク利用者と並んで、特に注意を払うべき4つの主要な優先グループの一つとして明確に位置づけられています 。これは、高齢者が加齢に伴う身体機能や認知機能の変化により、運転中に困難を抱えやすいこと、また事故に遭遇した場合に重傷化しやすいことなどを考慮したものです。  
    • 関連団体の取り組み: Road Safety Foundation(道路安全財団)のような専門機関や慈善団体が、高齢ドライバーの安全運転を支援するための調査研究や政策提言を積極的に行っています 。これには、既存の高齢ドライバー向けの国家戦略の効果をレビューしたり、高齢者がより長く安全に運転を継続できるようにするための具体的な推奨事項(例えば、車両の改良、道路環境の改善、健康状態のチェック体制など)をまとめたりする活動が含まれます。 提供された資料からは、イギリスの運転免許制度において、日本のような特定の年齢に達したことによる一律の強制的な認知機能検査や運転技能検査の義務付けに関する明確な記述は見当たりませんでした。むしろ、個々の運転能力に応じた支援や、安全な運転環境の整備といったアプローチが重視されているようです。  
  • 日本: 日本では、高齢運転者による交通事故の増加が社会問題となる中で、運転免許制度を中心とした多角的な対策が講じられています。  
    • 認知機能検査の義務化: 75歳以上の運転者は、運転免許証の更新時に認知機能検査を受けることが法律で義務付けられています。この検査では、時間の見当識(年月日や曜日を答える)、手がかり再生(複数のイラストを記憶し、後で回答する)、時計描画(指定された時刻を時計の絵で表現する)といった項目を通じて、記憶力や判断力などが評価されます。検査結果は、「認知症のおそれあり(第1分類)」、「認知機能低下のおそれあり(第2分類)」、「認知機能低下のおそれなし(第3分類)」のいずれかに判定されます 。  
    • 高齢者講習の実施: 70歳以上の運転者は、免許更新時に高齢者講習の受講が義務付けられています。講習内容は、座学、運転適性検査、そして実車指導などからなり、加齢に伴う身体機能の変化を自覚し、安全運転に必要な知識や技能を再確認することを目的としています。75歳以上の場合は、認知機能検査の結果に応じて講習の内容が一部変わることがあります。
    • 医師の診断と免許の取り消し・停止: 認知機能検査で「認知症のおそれあり(第1分類)」と判定された場合や、免許更新期間中でなくても特定の交通違反(信号無視や一時不停止など)をした75歳以上のドライバーは、臨時認知機能検査を受け、その結果次第では医師の診断を受けるよう指示されます。医師によって認知症であると診断された場合には、運転免許の取り消しまたは停止の行政処分となります 。  
    • 運転技能検査の導入(2022年5月から): 75歳以上で、過去3年間に信号無視や速度超過といった一定の違反歴があるドライバーに対しては、免許更新時に実際のコースを運転する「運転技能検査」の受検が新たに義務付けられました。この検査に合格しなければ免許を更新できません。
    • 運転免許証の自主返納支援: 運転に不安を感じるようになった高齢者が、自主的に運転免許証を返納しやすい環境を整えるため、多くの地方自治体や企業が様々な支援策を提供しています。例えば、公共交通機関の運賃割引、タクシー利用券の交付、提携店舗での商品やサービスの割引などが受けられる「運転経歴証明書」の提示による特典制度が広がっています 。  
    • 安全運転サポート車(サポカーS)認定制度の推進: 衝突被害軽減ブレーキ(いわゆる自動ブレーキ)やペダル踏み間違い時加速抑制装置など、高齢運転者の運転ミスを補い、事故の未然防止や被害軽減に効果のある先進安全技術を搭載した自動車を「安全運転サポート車(サポカー/サポカーS)」として国が認定し、その普及を促進しています。これは特に高齢運転者による交通事故の防止対策の一環として位置づけられています 。  
    高齢運転者対策において、日本は75歳以上の運転者に対する認知機能検査や、一部対象者への運転技能検査といった「検査・制限」によるアプローチが非常に明確です 。これにより、運転継続が困難と判断されるドライバーを早期に発見し、事故を未然に防ごうとしています。イギリスも高齢者を交通安全戦略上の優先グループと位置づけ、様々な支援策を検討していますが 、日本ほど全国一律の義務的な検査制度は目立ちません。個々の運転能力の評価や運転継続の可否判断は、より医師の専門的判断や本人の自己判断に委ねられている部分が大きい可能性があります。 一方で、日本は「サポカーS」認定制度のように、先進安全技術を活用した「支援・環境整備」も積極的に推進しており 、「検査によるスクリーニング」と「技術によるサポート」を組み合わせた対策が特徴的と言えます。これは、急速な高齢化の進行という日本特有の社会背景や、地方など公共交通機関が必ずしも十分でなく、日常生活で自動車への依存度が高い高齢者が多いという事情も影響していると考えられます。イギリスでは、個々の車両選択に委ねられる部分が大きいか、あるいは公共交通の充実といったより包括的な交通環境全体の改善によって高齢者の移動手段の確保を目指す方向性を重視しているのかもしれません。  

4.4 子供の安全

未来を担う子供たちを交通事故から守ることは、社会全体の責務です。特に通学路の安全確保や、子供たち自身が危険を回避する能力を養うための教育が重要となります。

  • イギリス: イギリスでは、子供たちの安全、特に通学時の安全に対する懸念が保護者や関連団体から表明されています。
    • 通学路の安全確保の課題: 多くの保護者が、子供たちを徒歩で学校に通わせることに対して不安を感じており、安全な通学路の確保が大きな課題として認識されています 。具体的には、歩道が狭かったり、途切れていたりする場所、交通量が多いにもかかわらず安全に横断できる施設が不足している場所などが問題点として指摘されています 。  
    • 交通安全戦略における子供の位置づけ: 国の交通安全戦略においても、子供の安全は重要な検討項目の一つとして取り上げられています 。地方自治体は、地域の状況に応じて学校周辺の安全対策を講じる責任があります。  
    • 市民団体の活動: Living Streets(リビング・ストリーツ)のような歩行者の権利を擁護する市民団体は、子供たちが安全に歩いて学校に通える環境を実現するために、政府や地方自治体に対して積極的な政策提言やキャンペーン活動を行っています 。これには、20mph制限区域の拡大、歩道整備の改善、安全な横断施設の設置などが含まれます。  
  • 日本: 日本では、学校、家庭、地域社会、そして行政が連携して、子供の交通安全を確保するための多層的な取り組みが行われています。  
    • 交通安全教育プログラムの実施: 小学校を中心に、学校教育の一環として、交通ルール(信号の意味、横断歩道の渡り方など)や危険予測に関する指導が体系的に行われています。警察官や交通安全指導員を招いての交通安全教室や、自転車の安全な乗り方教室なども実施されています。近年では、より実践的な教育手法も取り入れられており、例えば、通学する生徒にウェアラブルカメラを装着してもらい、その映像を警察が分析した上で、危険箇所や改善点を具体的に指摘しながら交通安全指導を行うといった先進的な事例も見られます 。  
    • 通学路の安全対策(合同点検など): 子供たちが毎日利用する通学路の安全を確保するために、学校、PTA(保護者)、地域住民(自治会やボランティアなど)、警察、そして道路管理者である市町村や都道府県が定期的に連携し、「通学路合同点検」を実施しています 。この合同点検では、実際に通学路を歩きながら危険箇所を洗い出し、必要な対策を検討・実施します。 具体的な対策例としては、危険箇所への注意喚起サイン(「通学路注意」「飛び出し注意」など)の設置、横断歩道の新設や補修(路面標示の塗り直しなど)、車両の速度抑制や歩行者との分離を目的とした防護柵(ガードレールやガードパイプ)の設置、歩道がない道路における路側帯のカラー舗装による視認性向上などがあります 。  
    日本の通学路安全対策は、危険箇所の特定と物理的な改善(ハード対策)に加えて、保護者や地域ボランティアによる登下校時の見守り活動(旗振り当番など)や、学校における継続的な交通安全教育(ソフト対策)を組み合わせることで、子供の安全を多角的に図ろうとしている点が特徴的です 。このような地域ぐるみでの取り組みは、日本社会のコミュニティ意識の強さを反映しているとも言えます。 一方、イギリスでも通学路の安全性は重要な課題として認識されていますが 、日本ほど学校、保護者、地域、行政、警察が一体となった全国的かつ体系的な合同点検システムや、組織的な見守り活動に関する記述は、提供された資料からは明確には読み取れません。対策の主体は地方自治体や個々の学校、あるいは市民団体が中心となることが多いようですが、で指摘されているように地方自治体のリソース不足が課題となる場合、対策の質や実施状況に地域差が生じる可能性も考えられます。 子供たちへの交通安全教育のアプローチについても、日本では学校教育のカリキュラムの中に比較的しっかりと組み込まれ、警察と連携した実践的な指導も行われているのに対し 、イギリスでは、より広範な国民向けの啓発キャンペーン(例えばTHINK!キャンペーン )の一環として子供向けの教育資材が提供されたり、必要に応じて特定のスキル(自転車の安全な乗り方など)に特化した教育プログラムが実施されたりする形が多いのかもしれません。  

5. 道路環境とインフラ整備

交通事故を未然に防ぎ、万が一事故が発生した場合でも被害を最小限に抑えるためには、安全な道路環境と適切なインフラストラクチャーの整備が不可欠です。道路の設計思想や、安全施設の設置基準は、その国の交通安全に対する考え方を反映しています。

5.1 イギリスの道路環境整備

イギリスでは、特に交差点の設計や生活道路における速度抑制策に特徴的な取り組みが見られます。

  • ラウンドアバウト(環状交差点)の普及: イギリスは、世界で最もラウンドアバウトが多く設置されている国の一つとして知られています。ラウンドアバウトは、信号機のある一般的な十字交差点と比較して、車両同士が交錯するポイント(コンフリクトポイント)が大幅に少なく、また、交差点に進入する車両が自然と減速するため、事故の発生件数、特に重大事故の発生リスクを低減する効果が高いとされています 。 イギリスには、様々な種類のラウンドアバウトが存在します。一般的なドーナツ型の「標準型ラウンドアバウト」、中央島が路面標示のみで描かれる小型の「ミニ・ラウンドアバウト」、そして複数のレーンがらせん状に配置され、車線変更なしに目的の方向へスムーズに離脱できるよう設計された「ターボ・ラウンドアバウト」などがあり、それぞれの交通量や道路状況に応じて使い分けられています 。ラウンドアバウトを通行する際には、右方から来る車両が優先、適切なタイミングでの合図、正しいレーンの選択といった特有のルールを理解しておく必要があります。  
  • トラフィックカーミング(交通静穏化・速度抑制策): 住宅街や学校周辺などの生活道路では、車両の走行速度を物理的に抑制し、歩行者や住民の安全と生活環境の質を向上させるために、「トラフィックカーミング」と呼ばれる様々な手法が用いられています。 代表的なものとしては、
    • スピードハンプ(Speed Humps): 道路の路面に設けられた意図的な隆起で、車両に上下動を与えることで速度を抑制します。
    • 狭さく(Chicanes / Narrowings): 車道の幅を部分的に狭めたり、意図的に蛇行させたりすることで、車両の通過速度を低下させます。
    • レイズドジャンクション(Raised Junctions): 交差点全体の路面を周囲より少し高くすることで、交差点に進入する車両に減速を促します。 研究によれば、特にスピードハンプは速度抑制に大きな効果があり、20mphゾーン(時速約32km制限区域)に設置された場合、車両の平均速度を10mph(約16km/h)程度低下させると報告されています 。 ただし、これらの物理的な交通静穏化措置は、速度抑制効果がある一方で、騒音や振動の発生、緊急車両の通行への影響、景観への配慮といった点から、地域住民の間で賛否が分かれることもあります。そのため、導入にあたっては、地域住民との十分な合意形成が不可欠とされています 。  
  • 道路評価プログラム(EuroRAP/iRAP): イギリスでは、Road Safety Foundation(道路安全財団)などの専門機関が中心となり、欧州道路評価プログラム(EuroRAP)や、それを国際的に展開した国際道路評価プログラム(iRAP)を積極的に推進しています。 これらのプログラムは、道路の安全性を客観的な基準に基づいて評価し、例えば星の数(スターレーティング)などで格付けするものです。これにより、道路のどの区間が相対的に危険性が高いのか、どのような改善が必要なのかを特定し、道路管理者による計画的な安全対策の実施を促します。評価結果は、一般市民や政策立案者にも分かりやすい形で公表され、交通安全に対する意識向上や、安全な道路への投資を促す効果も期待されています 。特に、国が管理する主要な高速道路やAロードといった戦略的幹線道路網(Strategic Road Network – SRN)の安全性評価が重点的に行われています 。  

5.2 日本の道路環境整備

日本では、法令に基づく基準に沿った道路設計と、多様な交通安全施設の設置によって、安全な道路環境の実現が図られています。

  • 道路構造令に基づく整備: 日本の道路の設計や構造に関する基本的な技術基準は、「道路構造令」という政令によって定められています。この法令は、道路の安全性と円滑な交通を確保することを目的としており、道路の種類(高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道など)や計画交通量、地形などに応じて、車線数、車線の幅員、曲線半径、勾配、視距(安全に停止するために必要な見通し距離)、そして建築限界(車両や歩行者の安全な通行を確保するために障害物があってはならない空間)などが具体的に規定されています。 道路構造令は時代や社会のニーズに合わせて改正されており、近年では、自転車利用者の安全確保のための自転車通行帯の設置に関する規定や、将来の自動運転社会を見据えた自動運行補助施設に関する規定なども追加されています 。  
  • 交通安全施設の種類と基準: 交通事故を防止し、交通の安全と円滑を図るために、様々な交通安全施設が設置されています。主なものとしては、  
    • 視線誘導標(デリニエーター): 夜間や霧、雨、雪などの悪天候時に、道路の線形(カーブの状況など)や道路の端をドライバーに分かりやすく示すための施設です。反射材が用いられ、ヘッドライトの光を反射して光ります 。  
    • 防護柵(ガードレール、ガードパイプ、ガードケーブルなど): 車両が誤って道路外に逸脱することや、歩道にいる歩行者と衝突することを防ぐために、道路の端や中央分離帯、歩道との境界などに設置されます。
    • 道路標識・道路標示: 規制(速度制限、一時停止、駐車禁止など)、指示(進行方向別通行区分など)、警戒(カーブあり、動物注意など)、案内(地名、距離など)といった情報を、記号や文字、路面上のペイントでドライバーや歩行者に伝達します。
    • 道路照明: 夜間におけるドライバーや歩行者の視認性を高め、交通事故を防止するために設置されます。交差点や横断歩道、トンネル内などに重点的に整備されます。
    • 立体横断施設(横断歩道橋、地下横断歩道): 交通量の多い道路や鉄道線路などで、歩行者や自転車利用者の安全を確保するために、車両交通と立体的に分離して横断できるようにする施設です 。  
    • ゾーン30/ゾーン30プラスにおける物理デバイス: 前述の通り、生活道路の安全対策として、ハンプ、狭さく、スムーズ横断歩道といった物理的な構造物が設置され、車両の速度抑制が図られています 。  
    イギリスで非常に普及しているラウンドアバウトは、その安全性と交通の円滑化効果が広く認識されています 。一方、日本では近年、社会実験などを経て一部地域で導入が進みつつありますが、その数はまだ少なく、ドライバーの習熟度や、信号交差点と比較した場合の効果に対する社会的なコンセンサスは、イギリスほど確立されているとは言えません。この違いは、それぞれの国の交通文化、道路設計に関する歴史的経緯、そして都市部における土地利用の制約などが影響していると考えられます。イギリスでは古くからラウンドアバウトの導入が進み、ドライバーもその通行方法に慣れています。日本では、長らく信号機を中心とした交通制御システムが主流でした。ラウンドアバウトが適切に設計・運用されれば、信号待ち時間の削減による交通の円滑化と、交錯時における車両の衝突速度の低下による安全性の向上の両方に寄与するとされています。日本でのさらなる普及には、その効果の客観的な検証と国民への丁寧な啓発活動、そして日本の道路事情に合わせた適切な設計・設置基準の確立が鍵となるでしょう。   また、トラフィックカーミングの手法についても、イギリスではスピードハンプなどの物理的なデバイスが積極的に用いられ、その速度抑制効果も実証されています 。しかし、これらの措置は騒音、振動、緊急車両の通行への影響、あるいは景観といった観点から、住民の間で賛否が分かれることもあり、合意形成の難しさも指摘されています 。日本でも「ゾーン30プラス」の取り組みの中でハンプや狭さくといった物理的デバイスの導入が進められていますが 、イギリスほど広範かつ多様な手法が全国的に用いられているかについては、まだ発展途上の段階と言えるかもしれません。物理的デバイスは速度抑制に効果的である一方で、その導入には丁寧なプロセスが求められます。イギリスではこれらの対策の導入実績が長いため、メリット・デメリットに関する社会的な議論や学術的な研究が進んでいると考えられます。日本では、効果検証を進めつつ、地域住民の理解と協力を得ながら慎重に導入を進めていくことが重要です。で指摘されている「地域住民の意見を聞くことの重要性」は、まさにこうしたトラフィックカーミング手法の導入プロセスにおいても不可欠な要素です。   さらに、道路の安全性を評価し公表するプログラムの体系性という点でも違いが見られます。イギリスのEuroRAPやiRAPは、道路の安全性を客観的な指標(例えば星の数)で評価し、その結果を広く一般に公表することで、道路管理者の改善努力を促し、同時に道路利用者にも有益な情報を提供するという体系的な取り組みです 。これにより、危険箇所が可視化され、対策の優先順位付けや予算配分の透明性向上にも繋がります。日本では、個別の事故多発箇所(いわゆる「事故危険箇所」)を特定し、集中的な対策を講じる取り組みは行われていますが 、これは主に過去の事故データに基づく事後対応的な側面が強く、EuroRAPのような全国規模での統一的かつ予防的な視点からの道路評価・格付けシステムは、まだ十分に確立されているとは言えない状況です。日本においても、より体系的で透明性の高い道路安全性評価システムを導入し、その結果を積極的に公開していくことは、交通安全対策全体の質の向上と、国民の交通安全に対する理解と信頼の醸成に大きく貢献する可能性があります。  

6. 車両の安全基準と技術

自動車自体の安全性能を向上させることは、交通事故の発生を未然に防ぎ、また万が一事故が起きた場合の被害を軽減する上で、極めて重要な要素です。両国ともに、車両の安全基準の設定や、先進安全技術の評価・普及に力を入れています。

6.1 イギリスの車両安全

イギリスにおける車両の安全性は、法的な型式認証制度と、独立機関による評価プログラムによって支えられています。

  • 型式認証制度(Type Approval): イギリス国内で新車として販売される全ての車両は、安全性(衝突安全性、ブレーキ性能など)や環境性能(排出ガス基準、騒音基準など)に関する国の定める基準を満たしていることを示す「型式認証」を取得する必要があります。 かつてイギリスがEU加盟国であった時代には、ECWVTA(European Community Whole Vehicle Type Approval:欧州共同体車両型式認証)という制度が適用されていました。これはEU域内で共通の安全・環境基準を定めるもので、一度この認証を取得した車両は、追加の試験なしにEU加盟国全体で販売が可能となる仕組みでした 。イギリスのEU離脱(ブレグジット)後、この制度の直接的な適用関係は変わりましたが、イギリス独自の型式認証制度においても、基本的な安全基準の考え方やレベルは、国際的な整合性を保つ形で引き継がれていると考えられます。  
  • ユーロNCAP(European New Car Assessment Programme)の影響: ユーロNCAPは、1997年に設立されたヨーロッパの独立した自動車安全性能評価プログラムです。ヨーロッパ市場で販売される新型車を対象に、実際の衝突試験(前面衝突、側面衝突、ポール側面衝突など)や、歩行者保護性能試験、そして先進安全技術(自動ブレーキ、車線維持支援など)の性能評価を行い、その結果を総合的に判断して、最大5つ星で格付けし公表しています 。 ユーロNCAPの評価は法的な強制力を持つものではありませんが、その評価結果は自動車雑誌や消費者団体などを通じて広く一般に公開され、消費者が新車を購入する際の重要な判断材料の一つとなっています。このため、自動車メーカーにとっては、ユーロNCAPで高い評価を得ることが販売戦略上非常に重要となり、より安全な車両の開発を積極的に行う大きなインセンティブ(動機付け)として機能しています 。結果として、ヨーロッパで販売される自動車の安全水準は、この20年あまりで飛躍的に向上したと言われています。 評価項目は時代とともに進化しており、成人乗員保護性能、子供乗員保護性能、歩行者や自転車利用者といった交通弱者(VRU:Vulnerable Road User)の保護性能、そして衝突被害軽減ブレーキ(AEB)や車線維持支援システム(LKA)などの安全支援技術(Safety Assist)の性能が総合的に評価されます 。  
  • 先進運転支援システム(ADAS)の導入と規制: 衝突被害軽減ブレーキ(AEB)、車線維持支援システム(LKA)、インテリジェントスピードアシスト(ISA:速度標識を認識しドライバーに通知または速度制御を行うシステム)といった先進運転支援システム(ADAS)を搭載した車両が、イギリスでも急速に普及しています 。 EUでは、一般安全規則第2版(GSR2:General Safety Regulation 2)により、2024年7月からEU域内で販売される全ての新型車に対して、これらの主要なADAS機能の搭載が義務化されました 。イギリスも、EU離脱後もこのGSR2に準じた、あるいは同等の安全基準を国内法規に取り入れていると考えられます。メーカーは通常、EU市場とイギリス市場で別々の仕様の車を開発することは非効率であるため、実質的にGSR2の基準を満たした車両がイギリスでも販売されることになります 。 これらの技術は事故削減に大きく貢献すると期待されている一方で、いくつかの課題も指摘されています。例えば、ドライバーがADASの性能を過信したり、システムの限界を正しく理解していなかったりする「トラストギャップ」の問題や、緊急車両がサイレンを鳴らして走行する際に車線維持支援システムが意図しない挙動を示すといった実用上の問題、さらには自動車販売店のセールス担当者がADASの機能を誇張して説明したり、十分な知識を持っていなかったりするケースなどが報告されています 。これらの課題への対応が、ADASの安全効果を最大限に引き出すためには不可欠です。  

6.2 日本の車両安全

日本でも、自動車の安全性能向上は国を挙げた重要な取り組みとして位置づけられています。

  • 自動車アセスメント(JNCAP – Japan New Car Assessment Program): 国土交通省と独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)が協力して実施している自動車の安全性能評価プログラムがJNCAPです。1995年度に衝突安全性能評価が開始されて以来、時代のニーズや技術の進歩に合わせて評価項目を拡充してきました。 主な評価項目は以下の通りです :
    • 衝突安全性能評価: フルラップ前面衝突試験(車両全体を前面からバリアに衝突させる)、オフセット前面衝突試験(車両前面の一部をバリアに衝突させる)、側面衝突試験(台車を車両側面に衝突させる)、後面衝突頚部保護性能試験(むち打ち傷害の評価)、歩行者保護性能試験(頭部・脚部)、感電保護性能評価(電気自動車など)など。
    • 予防安全性能評価: 衝突被害軽減ブレーキ(対車両、対歩行者[昼間・夜間]、対自転車、交差点での右左折時など)、車線逸脱抑制装置、ペダル踏み間違い時加速抑制装置、高機能前照灯(アダプティブヘッドライトなど)、後方視界情報提供装置(バックカメラなど)など。
    • 事故自動緊急通報装置の評価: 事故発生時に自動的に緊急通報を行うシステムの評価。 これらの評価結果は、車種ごとに得点とランク(A、B、Cなど)で公表され、消費者がより安全な自動車を選択するための情報を提供するとともに、自動車メーカーによるさらなる安全技術の開発を促進する役割を果たしています。
  • 先進安全自動車(ASV – Advanced Safety Vehicle)の普及促進策: 政府は、1990年代初頭から産(自動車メーカーなど)・官(国土交通省など)・学(大学・研究機関)が連携して「ASV推進計画」を進めており、先進的な安全技術の開発・実用化・普及を強力に支援しています 。 この計画のもとで、ドライバー異常時対応システム(ドライバーが意識を失った場合などに車両を安全に停止させるシステム)、路車間・車車間通信を活用した安全運転支援システム、自動速度制御装置(ISA)といった様々な先進技術に関する技術的要件の検討や、実用化に向けたガイドラインの策定などが行われてきました 。  
  • 衝突被害軽減ブレーキ(自動ブレーキ)の義務化: 交通事故死傷者数の削減に向けた重要な施策として、衝突被害軽減ブレーキ(一般的に「自動ブレーキ」と呼ばれることが多い)の搭載義務化が進められています。 日本国内で販売される新型の乗用車(軽自動車を含む)については、2021年11月から、国連欧州経済委員会(UNECE)で合意された国際基準に準拠した性能を持つ衝突被害軽減ブレーキの搭載が義務化されました。輸入される新型車についても、2024年7月から同様に義務化されています 。 さらに、既に販売されているモデル(継続生産車)についても、国産車は2025年12月から、輸入車は2026年7月から、順次この義務化の対象となる予定です 。これにより、将来的にはほとんどの新車に高性能な自動ブレーキが標準装備されることになります。   イギリスが影響を受けるユーロNCAPと日本のJNCAPは、どちらも法的な規制基準を上回る厳しい独自の基準を設定し、新車の安全性能を多角的に評価・公表することで、自動車メーカー間の健全な技術開発競争を促し、結果として市場に出回る車両全体の安全水準を底上げするという、非常に重要な役割を担っています 。これらのアセスメントプログラムは、単に衝突時の乗員保護性能だけでなく、近年では事故を未然に防ぐための予防安全技術(ADAS)の評価にも力を入れている点が共通しており、これは交通事故対策のトレンドが「事故後の被害軽減」から「事故の未然防止」へとシフトしていることを明確に反映しています。ユーロNCAPが「法規は最低限の基準を定めるものだが、NCAPは現時点で達成可能な最善の安全性を追求する」と述べているように 、JNCAPも同様の思想に基づいていると言えるでしょう。これらのプログラムは、消費者に星の数や得点といった分かりやすい情報を提供することで、市場メカニズムを通じて自動車の安全性を向上させる「ソフトロー」として機能し、法的な義務基準(ハードロー)を補完し、時には先導する役割も果たしています。   両国ともにADASの普及を国策として推進し、一部機能については搭載義務化も進んでいます。これにより、ヒューマンエラーに起因する交通事故の大幅な削減が期待されています。しかし、その一方で、特にイギリスの事例で指摘されているように、ADASの性能に対するドライバーの過信や誤解、システムの作動限界の不理解、あるいは緊急時におけるシステムとドライバーの協調の問題といった「トラストギャップ」が新たな課題として浮上しています 。日本においても、同様の課題は潜在的に存在すると考えられ、技術が高度化・複雑化するにつれて、ドライバーに対する適切な教育や、分かりやすい情報提供(例えば、HMI:ヒューマン・マシン・インターフェースの改善)、そして万が一、ADASが関与する事故が発生した場合の責任の所在の明確化など、技術の進歩と並行してソフト面の整備をしっかりと進めていく必要性が高まっています。   車両の安全基準に関しては、日本における衝突被害軽減ブレーキの義務化が、国連の場で合意された国際基準に準拠しているように 、イギリスもEUの一般安全規則(GSR2)を通じて同様の国際的な安全基準を取り入れています 。これは、自動車の安全基準がもはや一国だけの問題ではなく、グローバルな課題として認識され、各国が協調して最低限の安全レベルを確保し、向上させていこうとする大きな流れを示しています。自動車産業は国境を越えたグローバル市場であり、各国がそれぞれ独自のバラバラな安全基準を設けてしまうと、自動車メーカーの開発コストが増大し、結果として車両価格の上昇や貿易上の障壁にもなりかねません。そのため、国連などの国際的なフォーラムにおいて基準の調和(ハーモナイゼーション)が進められています。これにより、消費者はどの国で購入した自動車であっても一定レベル以上の安全性が確保されるという恩恵を受け、国際的な交通安全の向上にも繋がると期待されています。  

7. 交通違反の取り締まりと罰則

交通ルールが社会の構成員によって遵守されて初めて、安全で円滑な交通社会は実現します。そのため、交通違反行為に対する適切な取り締まりと、それに見合った罰則を科すことは、ルールの実効性を担保し、危険な運転行動を抑止する上で不可欠な手段です。

7.1 イギリスの取り締まりと罰則

イギリスでは、多様な方法で交通違反の取り締まりが行われ、違反者にはペナルティポイントや罰金などが科されます。

  • スピードカメラによる取り締まり: イギリスでは、速度違反を自動的に検知し記録するスピードカメラが、全国各地のあらゆる種類の道路(市街地、郊外の一般道、高速道路など)に多数設置されています 。これには、特定の地点の速度を計測する固定式カメラ、警察官が一時的に設置する移動式カメラ、そして一定区間の平均速度を計測して違反を判定する平均速度取締カメラ(SPECS:Speed ​​Enforcement Camera System と呼ばれることもあります)など、様々なタイプが存在します 。これらのカメラによって記録された違反については、後日、車両の登録所有者に対して違反通知書(Notice of Intended Prosecution – NIP)が郵送されます。  
  • 警察官による現場での取り締まり: もちろん、スピードカメラだけでなく、パトロール中の警察官が現場で交通違反を発見し、取り締まることも日常的に行われています。対象となる違反は、速度超過、飲酒運転や薬物運転、運転中の携帯電話使用、信号無視、危険な追い越し、シートベルト非着用など多岐にわたります。
  • ペナルティポイント制度: イギリスでは、交通違反を犯すと、その違反の種類や悪質性に応じてペナルティポイントが運転免許証に記録されます。このポイントが過去3年間に累積し、一定の基準(通常は12ポイント)に達すると、運転免許の停止(通常6ヶ月間)や、場合によっては取り消しといった行政処分が科されます。 例えば、運転中に手持ちで携帯電話を使用した場合は6点のペナルティポイント、制限速度を大幅に超過した場合には3点から6点のポイントが科されるのが一般的です 。  
  • 罰金: ペナルティポイントに加えて、多くの交通違反には罰金も科されます。速度違反の場合、一般的な固定罰金額(Fixed Penalty Notice – FPN)は100ポンド程度ですが、違反の程度が著しい場合や、裁判所での審理となった場合には、罰金額は大幅に増額される可能性があります。例えば、高速道路(Motorway)における重大な速度違反の場合、最大で2,500ポンドの罰金が科されることもあります 。飲酒運転の罰金には上限が設定されていない場合もあります 。  
  • その他の特徴的な違反と罰則: イギリスの交通法規には、日本ではあまり馴染みのない、あるいは交通違反として明確には規定されていないような行為に対する罰則も存在します。これらは、単なる交通ルールの遵守を超えて、他の道路利用者への配慮や社会秩序の維持といった側面を重視していることを示唆しています。
    • ロードレイジや罵声: 運転中に他のドライバーに対して攻撃的な行動をとったり、罵声を浴びせたりする「ロードレイジ」行為は、公共秩序法違反などに問われ、最大で1,000ポンドの罰金が科されることがあります。
    • 大音量の音楽: 車内で大音量の音楽を流し、それが運転の妨げになっている、あるいは周囲に著しい迷惑を与えていると警察官に判断された場合、100ポンドの罰金と3点のペナルティポイントが科される可能性があります。
    • 運転中の飲食: 運転中に食事をしたり飲み物を飲んだりする行為自体が直ちに違法というわけではありませんが、それによって注意力が散漫になり、安全な運転ができていない「不注意運転(Careless Driving)」と見なされた場合には、最大で5,000ポンドの罰金、3点から9点のペナルティポイント、さらには運転資格の剥奪といった厳しい処分が科される可能性があります。
    • 中央車線走行(追い越し車線居座り): 高速道路などで、追い越しが終わったにもかかわらず不必要に中央車線や追い越し車線を走行し続ける行為は、他の車両の円滑な通行を妨げる「不注意運転」と見なされ、罰金と最大3点のペナルティポイントが科されることがあります。
    • あおり運転(Tailgating): 前方の車両に異常に接近して追従する「あおり運転」は、危険な運転行為として、罰金と最大3点のペナルティポイントの対象となります。特に悪質なケースや、事故を引き起こした場合には、運転禁止処分や禁固刑といったより重い刑罰が科されることもあります。
    • スピードトラップ(速度取締機)の警告行為: 対向車など他の車両に対して、前方にスピードトラップがあることをパッシングなどで知らせる行為は、警察官の正当な職務執行を妨害する行為と見なされ、最大で1,000ポンドの罰金が科される可能性があります。
    • 緊急車両への道を譲る際のルール違反: 緊急車両(警察車両、消防車、救急車など)がサイレンを鳴らして接近してきた際には、安全に道を譲る義務がありますが、その際に赤信号を無視したり、進入禁止のバスレーンに入ったりするなど、他の交通ルールを破った場合、たとえ緊急車両のためであっても、依然として交通違反として扱われ、罰則を科される可能性があります。

7.2 日本の取り締まりと罰則

日本でも、交通違反の抑止と交通秩序の維持のため、様々な方法で取り締まりが行われ、違反の種類に応じた処分が科されます。

  • 取り締まり方法の種類: 日本の警察は、交通事故の発生状況や地域の交通実態に応じて、多様な方法で交通指導取り締まりを実施しています。
    • 定置式取り締まり: 警察官が特定の場所に待機し、速度違反、一時不停止、シートベルト非着用、携帯電話使用などの違反車両を検挙する方法です。
    • パトカー・白バイによる巡回取り締まり: パトカーや白バイが管轄区域を巡回しながら、あらゆる種類の交通違反を発見し、検挙します。
    • 自動速度違反取締装置(オービス): 道路脇や高速道路の上部などに設置され、制限速度を大幅に超過した車両を自動的に撮影し記録する装置です。固定式のもの、半固定式(移動可能な筐体に設置されるもの)、そして警察官が車両に搭載して運用する移動式オービスなどがあります。
    • 飲酒検問: 特に飲酒運転が多発しやすい深夜や早朝、あるいは歓楽街の周辺などで、警察官が車両を停止させ、ドライバーの呼気を検査して飲酒の有無を確認します。
    • 公開交通取締り: 警察が、取り締まりを行う重点路線や地域、日時、そして対象となる違反種別(例えば、横断歩行者妨害、通学路における違反、飲酒運転、二輪車の危険運転、自転車の悪質違反、電動キックボード等の違反など)を事前にウェブサイトなどで公表した上で実施する取り締まりです 。これは、ドライバーに遵法意識を高めてもらい、違反を未然に防ぐことを目的としています。  
  • 点数制度: 日本では、交通違反や交通事故に対して一定の点数を付け、個々の運転者の過去3年間の累積点数等に応じて、運転免許の停止(免停)や取消(免取)といった行政処分を行う「点数制度」が運用されています。 違反行為は、信号無視や駐車違反といった比較的軽微な「一般違反行為」と、酒酔い運転、麻薬等運転、救護義務違反(ひき逃げ)といった悪質・危険性の高い「特定違反行為」に大別され、それぞれに基礎となる点数が定められています。交通事故を起こした場合には、その事故の種類(死亡事故、重傷事故、軽傷事故)や責任の程度に応じて、さらに付加点数が加算されます。物損事故のみで逃げた場合(当て逃げ)にも付加点数が科されることがあります。  
  • 反則金制度(交通反則通告制度): 比較的軽微な交通違反(いわゆる「青切符」で処理される違反。例えば、一時不停止、軽微な速度超過、駐車違反など)については、「交通反則通告制度」が適用されます。これは、違反者が告知された反則金を一定期間内に納付すれば、刑事手続き(検察庁への送致や裁判、罰金刑など)を免れることができるという制度です 。 反則金の納付は任意であり、違反内容に納得がいかない場合などは納付を拒否し、通常の刑事手続き(多くは略式裁判による罰金刑)に進むことも可能です。  
  • ドライブレコーダーの活用: 近年、多くの車両に搭載されるようになったドライブレコーダーは、交通事故や交通トラブルが発生した際の状況を客観的に記録する証拠として、非常に有効なツールとなっています。警察も、ドライブレコーダーの映像を、妨害運転(いわゆる「あおり運転」)などの悪質・危険な運転行為の捜査や立証に積極的に活用しています 。 また、市民が撮影したドライブレコーダーの映像が、他の車両の危険な違反行為の摘発や、ひき逃げ・当て逃げ事件の犯人特定に繋がるケースも増えています。警察は、こうした映像情報の提供を呼びかけています。 交通事故の当事者となった場合、ドライブレコーダーの映像は、事故状況の正確な把握、過失割合の算定、そして場合によっては相手方に対する刑事罰を検討する上での重要な資料となり得ます 。ただし、映像を警察に提出する際には、必ず自身の控え(コピー)を保管しておくことが推奨されます。  
  • 提案テーブル3:日英の主な交通違反に対する罰則比較(目安)
違反の種類イギリスの一般的な罰則 日本の一般的な罰則 備考
速度超過 (例: 市街地で20mph/30km/h超過)3-6点、罰金£100~(悪質なら更に高額・免停も)違反点数2-3点、反則金(普通車)15,000-25,000円程度(超過幅による)イギリスは超過幅や状況で大きく変動。日本は超過速度に応じて点数・反則金が細かく規定。
飲酒運転 (基準値超過)最低1年間の免許剥奪、罰金(上限なしも)、懲役の可能性酒気帯び:違反点数13-25点、免許停止90日~取消、罰金。酒酔い:違反点数35点、免許取消、懲役または罰金。両国とも極めて厳しい。イギリスは免許「剥奪」期間が長い。日本は点数による処分と刑事罰。
運転中の携帯電話使用 (手持ち/ながらスマホ)6点、罰金£200。免許取得2年以内は免許取消。悪質なら裁判。保持:違反点数3点、反則金(普通車)18,000円。交通の危険:違反点数6点、刑事罰。イギリスは一律6点と厳しい。日本は「保持」と「交通の危険」で区分。2019年、2024年に日本でも罰則強化。
無保険運転罰金(上限なしも)、6-8点、運転禁止の可能性違反点数6点、1年以下の懲役または50万円以下の罰金、免許停止。両国とも重大な違反として扱われる。
赤信号無視3点、罰金£100程度違反点数2点、反則金(普通車)9,000円
*注:上記テーブルはあくまで一般的な目安であり、実際の罰則は違反時の具体的な状況、過去の違反歴、裁判所の判断などによって大きく異なる場合があります。*

イギリスの交通違反には、ロードレイジや大音量の音楽、スピードトラップの警告といった、日本では必ずしも交通違反として明確に規定されていない行為も含まれており [33]、これはイギリス社会における迷惑行為や公共の秩序に対する考え方が反映されていると言えるかもしれません。これに対し、日本の交通違反は、主に道路交通法に定められた具体的な危険行為や義務違反が中心となっています。この違いは、コモンロー(判例法)の伝統を持つイギリスと、成文法中心の日本の法文化の違いを反映している可能性も考えられます。
また、ドライブレコーダーの普及は、両国において交通事故の真相究明や危険運転の抑止に貢献していますが、その映像の取り扱いやプライバシーへの配慮といった新たな課題も生んでいます。
取り締まりの透明性という点では、日本の「公開交通取締り」[43]のように、事前に取り締まり情報をある程度公開することで、違反の抑止効果を高めようとする試みが見られます。一方で、イギリスではスピードカメラの設置場所が広く知られているものの、警察官による取り締まりにはある程度の裁量が伴うこともあります。罰則の適用においても、日本では反則金制度 [83, 84] という、比較的軽微な違反に対しては画一的かつ迅速に処理する仕組みがあるのに対し、イギリスでは固定罰金通知(FPN)がありつつも、より個別の状況に応じた対応や裁判所を通じた判断がなされるケースが多いと言えるかもしれません。

8. 交通安全キャンペーンと教育 (Road Safety Campaigns and Education)

法規制やインフラ整備といったハード面の対策だけでなく、道路利用者の安全意識を高め、適切な行動を促すための交通安全キャンペーンや教育は、交通事故を減らす上で欠かせないソフト面の対策です。

8.1 イギリスの交通安全キャンペーンと教育

イギリスでは、政府主導の長年にわたる啓発活動や、慈善団体による特定のテーマに焦点を当てたキャンペーンが展開されています。

  • THINK! キャンペーン: 「THINK!」は、イギリス政府が公式に展開している交通安全キャンペーンのブランド名です。その歴史は古く、前身となる政府広報局(COI)による交通安全啓発活動は75年以上も前から行われており、2000年に「THINK!」として正式に設立されました 。 THINK!キャンペーンは、その象徴的で、時には衝撃的な映像表現を用いた広告によって国際的にも認知されており、シートベルト着用の推奨から始まり、時代とともに飲酒運転、速度超過、薬物運転、そして運転中の携帯電話使用といった、その時々の社会問題となっている危険な運転行動に焦点を当ててきました。これらのキャンペーンは、国民の意識や行動に影響を与え、THINK!設立後の10年間でイギリス国内の交通事故死者数が46%も減少した一因となったと評価されています 。 THINK!は、テレビCM、ラジオCM、ポスター、オンライン広告、そして学校向けの教育資材など、多様なメディアを通じてメッセージを発信しています。  
  • 慈善団体によるキャンペーン(例:BrakeのRoad Safety Week): 政府の取り組みに加えて、Brake(ブレーキ)のような交通安全を推進する慈善団体も、独自のキャンペーンや支援活動を活発に行っています。 Brakeが主催する「Road Safety Week(交通安全週間)」は、イギリスで最大規模の年間交通安全キャンペーンであり、毎年11月の第3週に開催されます 。この週間では、毎年特定のテーマが設定され(例えば、2023年は「スピードについて話そう(Let’s talk about speed)」、2024年は「事故の後、全ての交通犠牲者が重要(After the crash, every road victim counts)」)、地域社会、学校、企業、警察、救急サービスなどが連携し、様々な啓発イベントや教育プログラムが全国で実施されます。 Brakeは、交通事故の犠牲者やその家族への支援(ヘルプラインの運営など)も行っており、Road Safety Weekを通じて、交通事故がもたらす悲劇や、被害者支援の重要性についても社会の理解を深めようとしています 。  

8.2 日本の交通安全キャンペーンと教育

日本でも、国、地方自治体、警察、そして民間団体が連携し、年間を通じて様々な交通安全キャンペーンや教育活動が実施されています。

  • 全国交通安全運動: 日本では、内閣府が主導し、春(通常4月6日~15日)と秋(通常9月21日~30日)の年2回、「全国交通安全運動」が全国一斉に実施されます 。この運動期間中には、全国共通の重点目標(例えば、子供と高齢者の安全確保、自転車の安全利用の徹底、飲酒運転の根絶、全席シートベルトとチャイルドシートの正しい着用の徹底など)が掲げられ、各都道府県警察や市町村、交通安全協会、学校、企業などが、それぞれの地域の実情に合わせて様々な啓発活動(街頭での呼びかけ、交通安全教室、ポスターやチラシの配布、パレードなど)を展開します。 春の運動は新学期が始まる時期に合わせて子供の事故防止に、秋の運動は日没が早まる時期に合わせて薄暮時や夜間の事故防止に、それぞれ特に力が入れられる傾向があります 。  
  • その他の交通安全運動・週間: 全国交通安全運動以外にも、年末年始の交通事故防止運動、夏の交通事故防止運動(地域によって実施)、シートベルト・チャイルドシート着用徹底キャンペーン、飲酒運転根絶キャンペーンなど、特定の目的や時期に合わせた運動や週間が年間を通じて設定され、集中的な啓発活動が行われています。
  • 企業や地域団体による独自の取り組み: 国や自治体主導のキャンペーンに加えて、多くの企業(特に運輸業や自動車関連産業)が、従業員やその家族、そして地域住民を対象とした独自の交通安全教育プログラムや啓発イベントを実施しています。また、地域の交通安全協会やPTA、老人クラブといった団体も、ボランティアで見守り活動や交通安全教室の開催など、草の根レベルでの活動を積極的に行っています。

イギリスのTHINK!キャンペーンは、時に感情に強く訴えかけるような、いわゆる「恐怖アピール(Fear Appeal)」的な手法を用いることで、危険行動の結末を視聴者に強く印象づけ、行動変容を促そうとする傾向が見られます。これは、長年にわたり効果を上げてきたと評価されています。一方、日本の全国交通安全運動などのキャンペーンは、スローガンを掲げ、正しい行動を呼びかけるといった、より規範的・教育的なアプローチが中心となることが多いようです。もちろん、日本でもスタントマンによる事故再現(スケアード・ストレート教育技法)など、衝撃的な手法が用いられることもありますが、全体的なトーンとしては、イギリスのTHINK!ほど直接的に恐怖感情に訴えかけるものは少ないかもしれません。 どちらのアプローチがより効果的かは一概には言えませんが、対象とするターゲット層や、伝えたいメッセージの内容によって、最適な訴求方法は異なると考えられます。

また、イギリスではBrakeのようなNPO・慈善団体が、被害者支援と政策提言、そして大規模な啓発キャンペーンを組み合わせる形で、交通安全において非常に大きな役割を果たしている点が特徴的です 。日本でも交通事故被害者支援を行うNPOは存在しますが、Brakeのように全国規模で政策に影響力を持ち、大規模なキャンペーンを主導する団体は、まだそれほど多くないかもしれません。地域レベルでは、交通安全協会や自治会などが活動の主体となることが多いですが、イギリスのNPOセクターの活発さは、市民社会の成熟度を反映しているとも言えるでしょう。これらの団体は、政府とは異なる視点から問題提起を行ったり、より柔軟で機動的な活動を展開したりすることで、国の交通安全対策を補完し、時には先導する役割も担っています。  

9. まとめと今後の展望

本記事では、イギリスと日本の交通安全対策について、制度、交通ルール、インフラ、車両技術、そして啓発活動といった多角的な視点から比較し、解説してまいりました。

両国に共通しているのは、交通事故による悲劇を減らし、誰もが安全に道路を利用できる社会を目指すという強い意志です。イギリスの「セーフシステム」アプローチや日本の「人優先」の思想は、その根底にある人命尊重の理念を明確に示しています。また、両国ともに過去数十年間で交通事故死者数を大幅に減少させてきた実績がありますが、近年はその減少傾向が鈍化、あるいは微増に転じるという新たな課題にも直面しています。

一方で、具体的な対策や制度には、それぞれの国の歴史、文化、社会構造、そして直面する固有の課題を反映した違いが見られました。

  • 免許制度では、イギリスが若年層のリスクに対応するため段階的免許制度(GDL)の導入を長年議論してきたのに対し、日本では指定自動車教習所での体系的な教育がその役割の一部を担っている側面があります。また、日本の免許更新時の講習制度は、定期的な安全意識の再確認の機会となっています。
  • 交通ルールでは、イギリスの市街地におけるデフォルトの低速制限(特にウェールズの20mph導入)や、2022年のハイウェイコード改訂による歩行者・自転車優先の徹底は、交通弱者保護への強いコミットメントを示しています。日本でもゾーン30の整備や歩行者優先義務はありますが、その遵守状況には課題も残ります。
  • 道路インフラでは、イギリスにおけるラウンドアバウトの広範な普及や、EuroRAP/iRAPによる道路評価システムの活用が特徴的です。日本でも安全施設の整備は進んでいますが、ラウンドアバウトの導入は限定的で、道路評価の透明性向上も今後の課題と言えるかもしれません。
  • 車両安全技術に関しては、両国ともにNCAP(ユーロNCAP、JNCAP)がメーカーの技術開発を促進し、自動ブレーキの義務化など国際基準への準拠も進んでいます。ADASの普及は期待が大きい一方で、その限界や正しい使い方に関するドライバー教育の重要性が増しています。
  • 違反取り締まりでは、イギリスのスピードカメラの多さや、ロードレイジといった行為も処罰対象となる点が注目されます。日本は点数制度と反則金制度という独自の仕組みで対応しています。
  • 安全キャンペーンでは、イギリスのTHINK!キャンペーンのインパクトのある訴求方法や、BrakeのようなNPOの活発な活動が印象的です。日本は全国交通安全運動を中心に、官民一体となった啓発活動が展開されています。

これらの比較を通じて見えてくるのは、どちらの国の対策が一方的に優れているということではなく、それぞれが異なるアプローチで交通安全という共通の目標に向かっているということです。日本がイギリスから学べる点もあれば、その逆もまた然りでしょう。

例えば、イギリスの「セーフシステム」の考え方、特に「人間はエラーを犯す」という前提に立ち、事故が起きても被害を最小限に抑えるためのシステム設計という思想は、日本の今後のインフラ整備や車両技術開発において、より一層取り入れるべき視点かもしれません。また、地域住民の声を積極的に取り入れ、コミュニティと協働で対策を進める姿勢も参考になります。

一方で、日本の指定自動車教習所における質の高い標準化された運転者教育や、きめ細かい免許更新制度、そして高齢運転者対策として進められている認知機能検査やサポカーS認定制度などは、高齢化が進む他の国々にとっても示唆に富む取り組みと言えるでしょう。

究極の目標である「交通事故のない社会」の実現は、決して容易な道のりではありません。技術の進歩(自動運転技術など)は新たな可能性をもたらしますが、同時に新たな課題も生み出します。また、社会構造の変化(高齢化、都市への人口集中など)や人々のライフスタイルの多様化も、交通安全対策に影響を与え続けます。

私たち一人ひとりが交通社会の一員として、常に安全を意識し、ルールを遵守し、他者を思いやる心を持つことが、最も基本的ながら最も重要な交通安全対策です。本記事が、読者の皆様にとって、イギリスと日本の取り組みから学びを得て、ご自身の、そして社会全体の交通安全について改めて考える一助となれば幸いです。今後も両国が互いの経験や知見を共有し、より安全な交通環境の実現に向けて努力を続けていくことが期待されます。

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