自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)は、自動車事故で他人をケガさせたり死亡させてしまった場合に、その被害者への損害賠償を補填するための保険です。正式には「自動車損害賠償責任保険」といい、交通事故被害者の救済を目的とした法律(自動車損害賠償保障法)に基づき、原付バイクを含むすべての車両に加入が義務付けられています。そのため「強制保険」とも呼ばれ、保険料には利潤が含まれておらず保険会社に利益が発生しない社会保障的な性格の保険です。
自賠責保険は、交通事故の被害者(第三者)を保護することが目的であり、被害者への損害賠償に対して必要かつ迅速に保険金を支払います。具体的には、事故の加害者(保険契約者)が負う法律上の賠償責任を補償します。なお、この保険制度は国が定めた仕組みで、原付バイクも含めてすべての自動車が加入しなければなりません。保険料は純粋な補償のために使われ、保険会社のもうけは含まれない仕組みとなっています。
任意保険との違いと関係
自賠責保険は被害者(他人)の人身損害(ケガ・死亡)に限って補償されます。そのため、物損(他人の車や建物への損害)や、事故で運転者自身がケガをした場合、自分の車両の修理費用などは補償対象外です。たとえば、他人の所有物を壊してしまった「物損事故」や、自損事故(電柱にぶつかって自分だけがケガをしたケースなど)は自賠責では補償されません。
これに対し、自賠責保険ではカバーしない損害を補うのが任意の自動車保険(任意保険)です。任意保険に加入すると、自賠責保険の補償範囲外となる他人への物損、自分自身の人身損害、自分の車両損害(車両保険)などをカバーできます。自賠責保険と任意保険は関係が深く、事故で支払う賠償額が自賠責の支払限度額を超える場合、超えた部分は任意保険から支払われます。逆に言えば、任意保険に加入していない場合、自賠責の上限を超えた損害は自己負担になるため、任意保険で十分な補償を確保することが重要です。
補償内容と限度額
自賠責保険の補償は傷害(ケガ)・死亡・後遺障害の3つに分けられ、それぞれに支払限度額(補償額の上限)が定められています。主な補償限度額は以下の通りです:
- 傷害(ケガ)の補償:治療費・入院雑費・休業損害・慰謝料などが対象で、被害者1人につき最高120万円まで支払われます。
- 死亡の補償:葬儀費用、被害者の逸失利益、被害者本人・遺族への慰謝料などが対象で、被害者1人につき最高3,000万円まで支払われます。
- 後遺障害の補償:事故で残った障害の程度に応じて、逸失利益や慰謝料が支払われます。最も重い介護が必要な障害では最高4,000万円(常時介護の場合)、重度介護以外の障害(第1級~14級)では第1級で最高3,000万円、第14級で最高75万円までが上限です。
これらはあくまで自賠責保険で支払われる上限額です。事故で相手に対してこれ以上の賠償が必要な場合は、任意保険や自身で補填することになります。また、自賠責保険はあくまで人身損害(ケガ・死亡)を補償するものであり、物損(財物の損害)については補償されません。
加入義務と未加入時のリスク
日本では、**すべての自動車(原付バイク・電動キックボードも含む)**を運行するには自賠責保険への加入が法令で義務付けられています。加入していない車両は、たとえ事故を起こさなくても公道を走行できません。また、万が一人身事故を起こした場合、自賠責保険に加入していないと被害者への賠償額は全額自己負担となります。たとえば相手が死亡した場合、自賠責保険に加入していれば3,000万円まで支払われ(限度額)、それを超える分は任意保険でカバーされますが、未加入の場合はこの3,000万円をすべて自分で賠償しなければなりません。
未加入で走行すると重い罰則も科されます。具体的には、無保険状態で運転した場合は「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」に処せられ、違反点数6点、即時免許停止となります。また、自賠責保険証明書(加入の証明書)を車に備え付けていないだけでも30万円以下の罰金です。さらに、無保険事故が発生したときは国(国土交通省)が被害者に一時立て替えて補償しますが、その後、運転者や車の所有者に対して国が賠償金を求償します。求償には給与や財産の差し押さえといった厳しい手段も伴うため、加入義務を軽視することは重大なリスクです。
保険料と加入・更新の手続き
自賠責保険の保険料は車種や契約期間(車検期間)によって決まっており、政府が定める基準料率に沿って算出されます。例えば令和6年4月以降の契約例では、自家用乗用車の場合、契約期間12ヶ月で約11,500円、24ヶ月で約17,650円などとなっています。原付バイクや125cc以下のバイク(原動機付自転車)などはさらに低額で、12ヶ月数千円程度です。なお、保険料は保険会社の経費や統計に基づいて毎年見直されており、損害保険料率算出機構の審議会で検証されています。
加入手続きは簡単で、自動車販売店や保険代理店のほか、自動車整備工場、JA(農業協同組合)などでも申し込めます。250cc以下のバイクであれば、一部のコンビニエンスストアやインターネットでも契約できる場合があります。加入時には車検証を用意し、車台番号や登録番号などを伝えます。更新については、通常、車検の時期に合わせて新たに加入します。契約満了日の1ヶ月前から更新手続きが可能となり、満了して車検を受ける際には必ず有効な自賠責保険証が必要です(証明書を車に備え付けておく必要があります)。バイクの場合、原付・小型バイクではナンバープレート左上に付属のステッカー(標章)を貼付するルールもあります。
事故発生時の対応と保険請求の流れ
事故が起きたら、まずは人命救助と警察への届け出を最優先します。被害者がいる場合は速やかに救急車を手配し、その後必ず事故の届出を警察に行ってください。救護を終えたら、被害者や加害者同士で事故の状況や自賠責保険証番号を確認し、速やかに加入している保険会社へ連絡します。保険会社には事故の概要や自賠責保険証の情報を伝え、必要書類について指示を受けます。
その後、自賠責保険金の請求を行います。保険請求は加害者(契約者)だけでなく被害者からも行うことができます(被害者請求制度)。加害者が示談に応じない、あるいは支払能力がない場合でも、被害者が直接加害者の保険会社に損害賠償額の支払いを請求できます。請求のためには事故証明書や診断書など所定の書類を提出し、保険会社が損害額を審査して保険金が支払われます。事故で損害賠償の金額が確定するまで時間がかかる場合、被害者は治療費や葬儀費用などのために**仮渡金(仮払い金)**の制度を利用できます。これは、保険金の前払いとして一定額(死亡の場合290万円、ケガの場合は重症度に応じて40万円・20万円・5万円など)が支給される制度で、被害者の当面の支払いに充てられます。
事故後は警察への届け出や保険会社への報告を怠らず、相手側と示談交渉を行う際にも専門家(行政書士や弁護士)の相談を検討すると安心です。なお、自賠責保険は被害者救済を目的とした基本的な補償制度であり、より幅広い補償や車両損害をカバーするために任意保険への加入が推奨されています。
よくある誤解と注意点
- 「自賠責保険はすべてを補償してくれる」ではない
自賠責保険は被害者の人身損害に限って補償するものです。他人の車両修理費や自分のケガ・車両損害は対象外です。「自分の車がキズついても自賠責でOK」と思い込みがちですが誤りです。 - 単独事故・自損事故は対象外
例えば、一人で電柱にぶつかってケガをした場合や車両だけを傷めた場合、自賠責保険は使えません。被害者(他人)がいない事故では補償されないので、こうした場合は別途任意保険の人身傷害補償特約などを利用する必要があります。 - 加入手続きを忘れない
自賠責保険の更新を忘れて車検を受けた場合、無保険状態になり重大な罰則が科せられます。免許停止はもちろん、罰金や懲役の可能性もあります。車検の際は必ず自賠責の有効期限を確認しましょう。 - 保険証の携帯(備え付け)とステッカー貼付
自賠責保険証明書は車やバイクに備え付けておく必要があります。125cc以下のバイクでは受領した保険標章ステッカーをナンバープレートに貼る決まりであり、これがないと違反になります。 - 自己判断せず警察へ連絡
たとえ軽微な事故でも、人身事故(ケガ)につながる可能性がある場合は必ず警察に連絡します。自己判断で示談せず、きちんと事故証明を取得することで保険請求や事故後のトラブル防止につながります。 - 自賠責保険だけでは安心できない場合もある
自賠責保険は最低限の補償です。実際の賠償額は支払限度額を超えることが多いため、財産や収入を守るためには任意保険への加入が必要になります。
以上の点に注意し、自賠責保険のしくみや手続きを正しく理解しておきましょう。自賠責保険は被害者保護を目的とした基本的な制度であり、自動車に乗る全ての人に関係する重要なルールです。