はじめに:つながるクルマ「コネクテッドカー」へようこそ
最近よく聞く「コネクテッドカー」って何?
最近、「コネクテッドカー」という言葉を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。コネクテッドカーとは、単に「インターネットに接続されている車」というだけではありません 。総務省の定義によれば、「ICT端末としての機能を有する自動車」とされています 。ICTとは「Information and Communication Technology(情報通信技術)」の略で、これは、車そのものがパソコンやスマートフォンのように情報通信の機能を持つ、という意味合いです。
従来のカーナビゲーションシステムを搭載した車の中にも、インターネットに接続できるものはありました。しかし、コネクテッドカーはさらに一歩進んで、車が積極的に情報を送受信し、それに基づいて様々なサービスを提供する点で大きく異なります 。海外でも「スマートカー」などと呼ばれ、他の車両、インターネット、そして外部の様々なデバイスと通信できる高度な技術を搭載した車両として認識されています 。
このように、コネクテッドカーは従来の「移動手段」としての役割に加えて、「移動する情報端末」へと進化を遂げていると言えるでしょう。車を運転するだけでなく、車を通じて多様な情報を取得したり、便利なサービスを利用したりできるようになるのです。この変化は、私たちのカーライフに大きな利便性をもたらす一方で、情報セキュリティの重要性がこれまで以上に高まることも意味しています。
「インターネットにつながる」だけじゃない、その仕組みを簡単解説
コネクテッドカーは、車に搭載された様々なセンサーや通信機器を通じて、自車の状態(例えば、速度、現在位置、故障の有無など)や、周囲の状況(交通情報や天気など)に関するデータを集めます 。
これらの集められたデータは、インターネットを介して、自動車メーカーや提携するサービス提供者の情報センター、いわゆる「クラウド」と呼ばれる場所に送られます 。情報センターでは、多くのコネクテッドカーから集められた膨大なデータが分析され、ドライバーにとって有益な情報(例えば、渋滞を避けるための最適なルート、最寄りの空いている駐車場の情報、万が一の事故の際の緊急通報など)が生成されます。そして、その情報が再び車に返信されるのです 。
このような、車と情報センターとの間で行われる双方向の通信こそが、コネクテッドカーの様々な機能を実現するための核心部分です 。単に個々の車が情報を集めるだけでなく、それらの情報が集約され、分析され、そして他の車や交通システム全体にフィードバックされることで、より大きな価値、例えば交通渋滞の緩和や地域全体の安全性の向上といった、社会的な便益も生み出す可能性を秘めているのです。
コネクテッドカーができること:便利な機能とメリット
コネクテッドカーが私たちのカーライフをどのように変えてくれるのでしょうか。ここでは、具体的な機能とそのメリットを「安全」「快適・便利」という視点から詳しく見ていきましょう。
もっと安全に:事故を防ぎ、万が一の時も安心
安全は、ドライバーにとって最も重要な関心事の一つです。コネクテッドカーは、最新技術を駆使して、事故を未然に防いだり、万が一の事故発生時の被害を軽減したりするための様々な機能を提供します。
緊急通報システム(eCall):自動で助けを呼んでくれる
万が一、交通事故が発生してしまった場合、特にドライバーが意識を失うなどして自力で警察や消防に通報できない状況に陥ってしまうことも考えられます。このような緊急時に非常に役立つのが「緊急通報システム(eCall)」です 。
このシステムは、エアバッグが展開するような大きな衝撃を車両が検知すると自動的に作動し、警察や消防といった緊急機関へ通報を行います 。通報の際には、GPSによって計測された正確な車両の位置情報も同時に送信されるため、救助隊が迅速に事故現場へ駆けつけることが可能になります 。
日本国内では、残念ながら毎年約30万件もの交通事故が発生していると言われています 。緊急通報システムは、通報の遅れが原因で事故の被害が拡大したり、重症化したりするリスクを大幅に軽減することが期待されており 、まさに命を救う可能性を高める重要な機能と言えるでしょう。
V2X技術:クルマ同士や道路と通信して危険を予測
「V2X」とは、「Vehicle-to-Everything」の略で、車が周囲の様々な「モノ」と通信する技術の総称です 。これには、他の車(V2V)、道路に設置された信号機や標識などのインフラ設備(V2I)、歩行者(V2P)、さらにはインターネット上のネットワーク(V2N)などが含まれます。このV2X技術によって、人間の目では直接確認できないような離れた場所の危険を事前に察知し、事故を未然に防ぐことを目指しています。
V2Xにはいくつかの種類があり、それぞれが異なる役割を担っています。
V2Xの種類 | 通信対象 | やり取りする主な情報 | 具体的な利用例・メリット |
---|---|---|---|
V2V | 車と車 (Vehicle-to-Vehicle) | 位置、速度、進行方向、ブレーキ操作など | 見通しの悪い交差点での出会い頭の衝突警告、緊急車両の接近通知、スムーズな合流支援 |
V2I | 車とインフラ (Vehicle-to-Infrastructure) | 信号情報、交通規制、道路状況(工事、事故、落下物)など | 赤信号への変わり目通知によるスムーズな運転支援、落下物や渋滞末尾の警告、最適な速度案内 |
V2P | 車と歩行者 (Vehicle-to-Pedestrian) | 歩行者や自転車の位置情報(スマートフォン等から) | 見通しの悪い場所での歩行者の飛び出し警告、夜間の歩行者検知による事故防止支援 |
V2N | 車とネットワーク (Vehicle-to-Network) | 地図データ、リアルタイム交通情報、エンタメコンテンツ、ソフトウェア更新データなど | 最新のナビゲーション、OTAアップデートによる機能向上、リモート診断、各種オンラインサービスの利用 |
V2D | 車とデバイス (Vehicle-to-Device) | スマートフォンの音楽、連絡先、ナビアプリ情報など | スマートフォン内の音楽を車載オーディオで再生、ハンズフリー通話、スマートフォンのナビアプリを車載ディスプレイに表示 |
V2G | 車と電力網 (Vehicle-to-Grid) | 電気自動車(EV)の充電状況、電力需給情報 | EVの効率的な充電(スマート充電)、将来的にはEVから電力網への電力供給による電力需給バランス調整への貢献 |
これらのV2X技術が組み合わさることで、従来の先進運転支援システム(ADAS)の機能がさらに強化され、より高度な安全運転支援が実現します 。コネクテッドカーの安全機能は、このように事故を未然に防ぐ「予防安全」の側面を大きく向上させています。
盗難車両追跡:大切な愛車を守る
万が一、大切な愛車が盗難に遭ってしまった場合でも、コネクテッドカーなら安心です。GPS機能を利用して、盗まれた車両の現在位置を追跡できる「盗難車両追跡システム」が搭載されている車種があります 。
このシステムにより、車の早期発見・回収が期待できるだけでなく、盗まれた愛車がさらなる犯罪に利用されるのを防ぐ効果も見込めます 。日本では、トヨタ自動車が「T-Connect」といったサービスで既にこの機能を提供しています 。車両盗難はユーザーにとって大きな不安材料であり、この機能は具体的な安心感を提供し、コネクテッドカーの付加価値を高めています。
コネクテッドカーが提供する安全機能は、事故を未然に防ぐ「予防安全」から、万が一事故が起きてしまった場合や盗難被害に遭った場合の被害を最小限に抑える「予後改善」まで、包括的にドライバーと乗員の安全・安心をサポートするものです。これは、従来の車の安全概念を大きく拡張するものと言えるでしょう。
もっと快適・便利に:ドライブが楽しく、効率的に
コネクテッドカーは、安全性向上だけでなく、日々の運転をより快適で便利なものに変える多彩な機能も備えています。
リアルタイム交通情報:渋滞を避けてスイスイ
走行中の他のコネクテッドカーや道路に設置されたセンサーなどから収集された最新の交通情報をリアルタイムで取得し、カーナビゲーションシステムに反映します 。
これにより、渋滞が発生している箇所を避けたルートを自動的に提案したり、目的地までの正確な所要時間を予測したりすることが可能になります。結果として、移動時間を短縮でき、日々の通勤や旅行のスケジュール管理が格段に容易になります 。また、前方の事故情報を早期に把握することで、追突などの二次的な事故を防ぐことにも繋がります 。
さらに、多くのコネクテッドカーがこの情報を共有することで、システム全体として大規模な交通渋滞の発生を抑制する効果も期待され、緊急車両のスムーズな通行にも貢献します 。渋滞は多くのドライバーにとって悩みの種であり、この機能は日々の運転ストレスを軽減し、貴重な時間を有効活用できる実用的なメリットです。
リモート操作:スマホがクルマの鍵やリモコンに
お手持ちのスマートフォンに専用アプリをインストールすることで、離れた場所から車の様々な機能を操作できるようになります 。
具体的には、ドアの施錠・解錠、エンジンの始動・停止、乗車前のエアコン操作、そして広い駐車場で自分の車がどこに停めてあるかを確認する機能などがあります 。例えば、寒い冬の朝や暑い夏の日に、家を出る前に車内を快適な温度に設定しておいたり、ショッピングモールの広大な駐車場で自分の車を簡単に見つけ出したりするのに大変役立ちます 。日常生活での「うっかり鍵を閉め忘れたかも」といった小さな不安も解消できる、非常に便利な機能です。
エンターテイメント:音楽や動画も車内で楽しめる
車載のインフォテインメントシステムを通じて、音楽ストリーミングサービスや動画配信サービスに直接アクセスし、豊富なコンテンツを車内で楽しむことができます 。
これにより、わざわざスマートフォンをケーブルで接続したりする手間なく、高音質の音楽や、同乗者(特に子供たち)が喜ぶ動画などを楽しむことができ、長時間のドライブも退屈しません 。一部のコネクテッドカーでは、車内がWi-Fiホットスポットになる機能も提供されており、同乗者が各自のスマートフォンやタブレットでインターネットを利用することも可能です 。
OTA(Over-The-Air)アップデート:クルマが自動で進化
OTAとは、「Over-The-Air」の略で、無線通信を利用して、車のソフトウェアを自動的にアップデートする技術のことです 。
従来、カーナビの地図情報を更新したり、車の制御システムに新しい機能を追加したり、あるいはセキュリティ上の問題点を修正したりするためには、ディーラーに車を持ち込む必要がありました。しかし、OTA技術により、自宅の駐車場や、場合によっては走行中にさえ、これらのソフトウェア更新が自動的に行われるようになります 。これにより、ナビゲーションシステムの地図情報が常に最新の状態に保たれたり、新しい便利な機能が追加されたり、発見されたセキュリティの脆弱性が修正されたりします 。まさに、購入した後も車が進化し続けるイメージです。
リモート診断・メンテナンス通知:クルマの状態を遠隔チェック
車両に搭載された多数のセンサーが、エンジンやバッテリー、ブレーキといった重要な部品の状態を常に監視しています。そして、もし何らかの異常の兆候を検知した場合には、ドライバーに警告通知を表示したり、場合によっては自動的にディーラーのサービス工場に車両情報を送信したりします 。
この機能により、大きな故障が発生する前にその予兆を掴み、未然に防いだり、早期に発見して対処したりすることが可能になります 。また、オイル交換やタイヤ交換といった定期的なメンテナンスの時期も、車両の実際の使用状況に基づいて適切なタイミングで知らせてくれるため、車の専門知識があまりない初心者ドライバーでも、愛車のコンディションを最適に保つのに役立ちます 。予期せぬトラブルを避け、メンテナンスの負担軽減にも繋がる心強い機能です。
これらの快適・便利な機能は、移動時間の短縮やディーラー訪問の手間削減といった「時間価値」の向上に貢献します。また、エンターテイメント機能やリモート操作による快適な車内環境の実現は、移動そのものの「体験価値」を高めます。コネクテッドカーは、単にA地点からB地点へ移動するための道具ではなく、移動時間そのものをより有意義で快適なものに変え、ユーザーの生活全体の質を高める可能性を秘めているのです。
その他:スマートフォン連携やWi-Fi機能など
多くのコネクテッドカーでは、BluetoothやWi-Fiといった無線通信技術を通じて、スマートフォンとシームレスに連携する機能が充実しています。これにより、ハンズフリーでの通話、スマートフォンに保存された音楽の再生、使い慣れたスマートフォンのナビゲーションアプリを車の大きなディスプレイに表示して利用する、といったことが可能になります 。
また、車自体がWi-Fiホットスポットとなり、同乗者がそれぞれのスマートフォンやタブレット、ノートパソコンなどでインターネットに接続できる機能も普及が進んでいます 。これにより、移動中も仕事のメールをチェックしたり、オンラインゲームを楽しんだりすることができ、車内空間をより多目的に活用できるようになります。
さらに、一部の車種では、スマートフォンのカレンダーアプリと連携して予定を車載ディスプレイに表示したり、受信したメールを音声で読み上げたりする機能など、ビジネスシーンでも役立つ便利な機能が提供されています 。現代人にとって不可欠なスマートフォンとのスムーズな連携は、コネクテッドカーの利便性を大きく高める要素の一つです。
これらの機能は、個々の車両が収集したデータが、他の多くのユーザーや社会システム全体に利益をもたらす「集合知」として機能することで、さらにその価値を高めています。例えば、一台の車が検知した渋滞情報が他の車と共有されることで、より広範囲での渋滞回避が可能になる、といった具合です 。コネクテッドカーの普及が進むほど、収集されるデータ量が増え、その分析精度も向上するため、交通システム全体の最適化や安全性の向上が加速的に進む可能性があります。
コネクテッドカーの弱点:セキュリティリスクを知っておこう
これまでに見てきたように、コネクテッドカーは多くの便利な機能を提供してくれます。しかし、インターネットと「つながる」ということは、同時にサイバー攻撃の危険にさらされる可能性も持つということを理解しておく必要があります。ここでは、コネクテッドカーが抱えるセキュリティ上のリスクについて、具体的に見ていきましょう。
なぜ狙われる?コネクテッドカーの脆弱性
コネクテッドカーは、しばしば「走るコンピューター」や「走るスマートフォン」と表現されるほど、非常に多くのソフトウェア、センサー、そして通信機能を搭載しています 。これらの複雑なシステムには、私たちが日常的に使用しているパソコンやスマートフォンと同様に、設計上の欠陥やソフトウェアのバグといった「脆弱性(ぜいじゃくせい)」、つまりセキュリティ上の弱点が存在する可能性があります 。
また、コネクテッドカーは、Bluetooth、Wi-Fi、携帯電話網(4G/5Gなど)、USBポート、さらには整備の際に使用される車両診断ポート(OBD-IIポート)など、外部の世界と接続するための「窓口」を数多く持っています 。これらの接続点は、便利な機能を提供する一方で、悪意のある攻撃者が車のシステムに侵入を試みるための経路ともなり得るのです。
特に注意が必要なのは、カーナビゲーションやオーディオといったインフォテインメントシステムと、ブレーキやエンジン制御といった車の基本的な走行性能に関わる重要なシステムが、車内のネットワーク(CANバスなどと呼ばれる通信規格がよく使われます)で繋がっている場合です。もし、比較的セキュリティ対策が手薄になりがちなインフォテインメントシステムの脆弱性を突破されてしまうと、そこを足がかりにして、より重要な制御システムが危険にさらされる可能性があります 。これらの車内ネットワークの中には、元々外部からの攻撃をあまり想定せずに設計されたものも少なくありません 。
コネクテッドカーが提供する多くの便利な機能は、外部との「接続」によって実現されています。しかし、この「接続」こそが、サイバー攻撃者にとっての侵入経路、つまり「脆弱性」となり得るという、いわば表裏一体の関係にあるのです。新しい機能やサービスが追加されるたびに、新たなセキュリティリスクが生まれる可能性があり、継続的な脆弱性の管理とセキュリティ対策のアップデートが不可欠となります。
具体的なサイバー攻撃の手口と影響
コネクテッドカーに対するサイバー攻撃には、様々な手口が存在し、それぞれが異なる深刻な影響を引き起こす可能性があります。
不正アクセス・ハッキング:クルマが乗っ取られる?
これは、攻撃者が車両のシステムに不正に侵入し、遠隔から車の機能をコントロールしようとする攻撃です 。 影響としては、勝手にドアのロックを解除されたり、エンジンを始動・停止させられたり、ライトやクラクションを操作されたりすることが考えられます。最悪の場合、走行中にブレーキやアクセル、ステアリング(ハンドル操作)などを不正にコントロールされ、重大な事故を引き起こす危険性すらあります 。
具体的な手口の例としては、以下のようなものがあります。
- CANインジェクション攻撃: 車両内部の主要な神経網とも言えるネットワーク(CAN:Controller Area Network)に、攻撃者が不正なデータを送り込むことで、ブレーキやアクセルなどの制御システムを乗っ取る手口です 。
- テレマティクスハッキング: カーナビゲーションシステム、車内Wi-Fi、Bluetoothといった、車が外部と通信するために利用するシステム(テレマティクスシステム)の脆弱性を突いて侵入する手口です 。
- キーレスエントリーシステムの悪用(リレーアタックなど): スマートキーが発する微弱な電波を特殊な機器で傍受・増幅し、あたかも正規のキーがすぐ近くにあるかのように車を誤認させてドアを解錠したり、エンジンを始動させたりする盗難手口です 。この手口は、スマートキーが家の中など離れた場所にあっても実行される可能性があります。
車の制御を奪われることは、乗員だけでなく、周囲の歩行者や他の車両の安全にも関わる、最も深刻な脅威の一つと言えるでしょう。
マルウェア・ランサムウェア感染:身代金を要求されることも
「マルウェア」とは、コンピューターウイルスやワーム、スパイウェアなど、悪意を持って作成されたソフトウェアの総称です。「ランサムウェア」はマルウェアの一種で、これに感染すると、車のシステムや保存されているデータが勝手に暗号化されて使用不能な状態にされてしまいます。そして、システムやデータを元に戻すことと引き換えに、攻撃者から金銭(身代金)を要求されるのです 。
影響としては、車両のシステムが起動しなくなったり、特定の機能が使えなくなったりするほか、個人情報が盗み出されたり、身代金の支払いによる金銭的な被害が発生したりする可能性があります 。 感染経路としては、提供元が不明な不正なアプリをダウンロードしてしまったり、セキュリティ対策が不十分なウェブサイトを閲覧したり、マルウェアに感染したUSBメモリを車に接続したりすることなどが考えられます 。 金銭的な被害だけでなく、車が使えなくなることで日常生活に大きな支障をきたす可能性もある、厄介な攻撃です。
個人情報・プライバシーの漏洩
コネクテッドカーは、その特性上、運転履歴(いつ、どこを走ったか)、現在の正確な位置情報、登録された連絡先、通話履歴、送受信したメッセージの内容、さらには車内カメラの映像など、非常に多くの個人情報やプライバシーに関わるデータを収集・保存しています 。
これらの機密性の高い情報がサイバー攻撃によって漏洩してしまうと、ストーカー行為に悪用されたり、個人の行動パターンが第三者に知られてしまったり、クレジットカード情報などが盗まれて金銭的な被害に繋がったりする恐れがあります 。利便性のために提供した個人情報が悪用されるリスクは、ユーザーにとって大きな懸念事項です。
V2XやOTAアップデート機能の悪用
前述のV2X通信(車と車、車とインフラなどの通信)やOTAアップデート(無線によるソフトウェア更新)は、コネクテッドカーの安全性や利便性を高める重要な機能です。しかし、これらの通信が第三者に傍受されたり、偽のアップデート情報が送り込まれたりすると、深刻な問題を引き起こす可能性があります 。
影響としては、偽の交通情報を流して交通システムに混乱を引き起こしたり、不正なソフトウェアを車にインストールさせて車両を乗っ取ったり、正規のアップデートを妨害して特定の機能を停止させたりする(DoS攻撃の一種)ことなどが考えられます 。安全や利便性のために導入された機能が、逆に攻撃の手段として利用されてしまう可能性があるのです。
その他の脅威(DoS攻撃、フィッシング詐欺など)
上記以外にも、コネクテッドカーは様々な脅威にさらされています。
- DoS攻撃 (Denial of Service attack): 特定のサービスやシステムに対して大量のデータを送りつけるなどして、機能を停止させたり、利用不能な状態に追い込んだりする攻撃です。例えば、OTAアップデートの配信サーバーを攻撃してアップデートを妨害したり、緊急通報システムを麻痺させたりする可能性があります 。
- フィッシング詐欺・ソーシャルエンジニアリング: 自動車メーカーや正規のサービス提供者を装った偽の電子メールやSMS(ショートメッセージサービス)を送りつけ、ユーザーを巧みに騙して不正なウェブサイトに誘導し、IDやパスワード、クレジットカード情報といった個人情報を入力させたり、マルウェアをダウンロードさせたりする手口です 。
このように、コネクテッドカーに対する攻撃の手口は多岐にわたり、それぞれが異なる影響を及ぼすため、包括的なセキュリティ対策の必要性が高まっています。攻撃の対象は「車」そのものだけでなく、車を通じて得られる「データ」や、車を所有・利用する「ドライバー」の資産やプライバシーも含まれることを理解しておくことが重要です。
実際にあったハッキング事例
コネクテッドカーへのサイバー攻撃は、決して理論上の話ではなく、現実に起こりうる脅威です。過去には、以下のような注目すべきハッキング事例が報告されています。
- 2015年 Jeep Cherokeeのハッキング事例 : セキュリティ研究者のチャーリー・ミラー氏とクリス・ヴァラセク氏が、当時クライスラー(現FCA US)のJeep Cherokeeのインフォテインメントシステムに存在する脆弱性を利用し、インターネット経由で遠隔からエンジンやブレーキ、ステアリング(ハンドル)などを操作できることを実証しました。このデモンストレーションは、コネクテッドカーが抱えるセキュリティリスクを世に広く知らしめ、自動車業界全体に大きな衝撃を与えました。この結果、FCAは大規模なリコール(回収・無償修理)を実施することになりました。
- KiaおよびSubaruの車両ハッキング事例 (2024年報告) : 著名なセキュリティ研究者であるサム・カリー氏が率いるグループが、Kia(起亜自動車)のウェブポータルに存在する脆弱性を発見し、2013年以降に製造されたほぼ全てのKia車のインターネット接続機能を遠隔で制御(アカウントの乗っ取りなど)できることを明らかにしました。また、同じ研究者グループは、一部のSubaru(スバル)車についても、車両追跡システム「STARLINK」を介してリモートで車両をハイジャックし、位置情報を追跡することに成功したと報告しています。
- VicOneのレポートによる被害額 : 自動車サイバーセキュリティ専門企業であるVicOneのレポートによると、自動車業界全体でサイバー攻撃によって被った損害額は、推計で225億ドル(約3兆円以上)にものぼるとされています。その内訳として、データ漏洩によるものが200億ドル、システムダウンタイム(システムが停止したことによる損失)が19億ドル、そしてランサムウェア攻撃による被害額が5億3800万ドルと報告されています。
これらの事例は、コネクテッドカーの脆弱性が悪用された場合に、車両の制御が奪われるリスクや、個人情報漏洩、さらには莫大な金銭的被害が発生しうることを具体的に示しています。また、コネクテッドカーは多くの部品メーカー(サプライヤー)から供給されるコンポーネントやソフトウェアで構成されているため、自動車メーカー本体だけでなく、これらのサプライチェーン全体におけるセキュリティ対策の不備が、最終製品であるコネクテッドカーの脆弱性につながる可能性も指摘されています 。国際的なセキュリティ規制がサプライチェーン全体を対象としているのは、このような背景があるためです。
安心のために:コネクテッドカーのセキュリティ対策
コネクテッドカーが抱える様々なセキュリティリスクに対して、自動車メーカーや関連業界、そして私たちドライバー自身も、しっかりと対策を講じることが、安全で安心なカーライフを送るために不可欠です。ここでは、どのような対策が行われているのか、そして私たち自身ができることは何かを具体的に見ていきましょう。
自動車メーカーや業界全体の取り組み
コネクテッドカーの安全性を高めるため、自動車メーカーや関連企業、そして国際機関などが連携し、多岐にわたるセキュリティ対策を進めています。
国際的なセキュリティ基準:UN R155とISO/SAE 21434とは?
コネクテッドカーのサイバーセキュリティをグローバルなレベルで確保するため、国際的なルール作りが活発に進められています。その中でも特に重要なものが、「UN R155」と「ISO/SAE 21434」という二つの基準です。
- UN R155 (国連規則155号): これは、国連の「自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)」という専門家会議によって策定された法規(レギュレーション)です。正式には「サイバーセキュリティ及びサイバーセキュリティ管理システムに関する国連規則」といった名称で、自動車メーカーに対して「サイバーセキュリティ管理システム(CSMS:Cyber Security Management System)」の構築と、その適切な運用を義務付けています 。 CSMSとは、車両の企画・開発から生産、そして市場に出た後の運用・保守、さらには廃棄に至るまでのライフサイクル全体を通じて、サイバーセキュリティに関するリスクを継続的に評価し、管理し、そして攻撃に備えるための組織的な仕組みやプロセスのことです 。 このUN R155は、日本や欧州連合(EU)加盟国など多くの国で採択されており、この規則に適合していることの認証を受けなければ、それらの国で新型車を販売することができなくなります 。具体的には、バックエンドサーバーのセキュリティ、車両内外の通信チャネルの保護、ソフトウェアアップデート手順の安全性、人的エラーによるリスク、外部接続インターフェースの防護、車両データやプログラムコードの保護、そして脆弱性対策の十分性など、合計69項目にも及ぶ具体的な攻撃経路(アタックベクター)や脅威を考慮し、対策を講じることが求められています 。
- ISO/SAE 21434: こちらは、ISO(国際標準化機構)とSAE International(米国の自動車技術者協会)が共同で策定した国際規格です。この規格は、自動車のサイバーセキュリティに関するエンジニアリング、つまり具体的な設計や開発、テストといった技術的なプロセスや要件を詳細に定めています 。 UN R155が自動車メーカーに対して「何を達成すべきか(サイバーセキュリティを確保するための目標)」を示す法規であるのに対し、ISO/SAE 21434は「それをどのように達成すべきか(具体的な方法論や手段)」を提供する技術標準と理解することができます。ISO/SAE 21434自体には法的な拘束力はありませんが 、UN R155が要求するCSMSを構築し、車両のセキュリティレベルを高めるための実践的なガイドラインとして、世界中の自動車メーカーやサプライヤーに広く参照・活用されています。この規格も、車両の構想段階から設計、開発、生産、運用、保守、そして最終的な廃棄に至るまでの全ライフサイクルでセキュリティを考慮することを強く推奨しています 。
これらの国際的な基準は、自動車メーカーに対して非常に高いレベルのサイバーセキュリティ対策を求めるものであり、業界全体のセキュリティレベルの底上げに大きく貢献しています。私たちユーザーにとっては、より安全で信頼性の高いコネクテッドカーが提供されるための重要な基盤となっているのです。
設計段階からのセキュリティ(セキュアバイデザイン)
「セキュアバイデザイン」とは、製品やシステムを企画し、設計する最初の段階から、セキュリティ対策を不可欠な要素として組み込んでいくという考え方です 。問題が発生してから後付けで対策を施すのではなく、最初から攻撃されにくい、あるいは攻撃を受けても被害を最小限に抑えられるような、安全な構造を目指します。
自動車メーカーは、このセキュアバイデザインの原則に基づき、車両の電子制御システムのアーキテクチャ(構造)を設計する際に、例えば、インターネットに接続するインフォテインメントシステム(カーナビやオーディオなど)と、エンジンやブレーキといった車の基本的な走行を制御する重要なシステムとを、ネットワーク的に分離したり、両者の間の通信経路を厳格に制限したりするなどの対策を講じています 。これにより、万が一インフォテインメントシステムがサイバー攻撃を受けても、その影響が走行制御システムにまで及ぶのを防ぐことを狙っています。 セキュリティ専門企業の中には、Kaspersky Labのように、設計段階からセキュリティが深く考慮された独自のOS(オペレーティングシステム)である「KasperskyOS」をベースとした安全なゲートウェイ(通信中継装置)を開発し、コネクテッドカー内部の様々な電子制御ユニット(ECU)間のデータ通信や、車載情報システムと外部のITインフラストラクチャとの間のデータ通信を保護する、といった先進的な取り組みも行われています 。
問題が発生してから対処するよりも、最初から問題が起きにくいように設計する方が、はるかに効果的であり、結果的にコストも抑えられます。このセキュアバイデザインの考え方は、コネクテッドカーの根本的な安全性を高める上で非常に重要なアプローチです。
通信・データの暗号化
コネクテッドカーは、外部のサーバーや他の車両、インフラ設備などと様々な情報を送受信します。これには、個人情報やクレジットカード情報、車両の制御に関する重要な情報などが含まれる可能性があります。また、車内に張り巡らされたネットワーク(CANなど)を通じても、様々なデータがやり取りされています。これらの通信データが暗号化されずにそのまま送受信されると、悪意のある第三者に盗聴されたり、内容を改ざんされたりする危険性があります。
そのため、自動車メーカーは、これらの重要な通信経路や保存されるデータを「暗号化」することで保護しています 。暗号化とは、データを特別なルール(アルゴリズム)と「鍵」と呼ばれる秘密の文字列を使って、第三者には意味が分からないような形式に変換することです。そして、正規の受信者だけが正しい「鍵」を使って元のデータに戻す(復号する)ことができます。 暗号化には、AES(Advanced Encryption Standard)、RSA、ECC(Elliptic Curve Cryptography)といった様々な暗号アルゴリズムが用いられます 。より高いセキュリティを実現するために、HSM(Hardware Security Module:ハードウェアセキュリティモジュール)と呼ばれる、暗号鍵の安全な生成・保管・管理や暗号処理の実行に特化した専用の半導体チップ(ICチップ)を使用することもあります 。HSM内部で暗号処理が完結するため、重要な鍵が外部に漏洩するリスクを大幅に低減できます。
暗号化は、情報セキュリティにおける最も基本的な対策の一つであり、万が一データが第三者の手に渡ったとしても、その内容を保護するための重要な手段です。
侵入検知・防御システム(IDS/IPS)、VSOC
完璧なセキュリティ対策を施したとしても、新たな脆弱性が発見されたり、より巧妙な攻撃手法が登場したりする可能性はゼロではありません。そのため、万が一、不正なアクセスやサイバー攻撃の試みがあった場合に、それをいち早く検知し、適切に対応するための仕組みも非常に重要です。
- IDS (Intrusion Detection System:侵入検知システム): 車両の内部ネットワークやシステムへの不審なアクセスや、サイバー攻撃特有の通信パターンなどを常時監視し、異常を検知すると、ドライバーや管理システム(後述のVSOCなど)に警告を発するシステムです 。
- IPS (Intrusion Prevention System:侵入防御システム): IDSの機能に加えて、不正な通信や攻撃の兆候を検知した場合に、その通信を自動的にブロック(遮断)したり、不正なプログラムの実行を阻止したりするなど、侵入を未然に防ぐための能動的な防御措置も行うシステムです 。
- VSOC (Vehicle Security Operation Center:車両セキュリティオペレーションセンター): 自動車メーカーや専門のセキュリティ企業などが設置・運営する、コネクテッドカーのセキュリティを専門に監視・対応するセンターです 。個々の車両に搭載されたIDS/IPSから送られてくるアラート情報や、その他の様々なセキュリティ関連情報を集約し、専門のアナリストが24時間体制で分析します。これにより、サイバー攻撃の予兆を早期に発見したり、実際にインシデントが発生した際に迅速かつ適切な対応指示を出したり、あるいはソフトウェアアップデートを通じて車両のセキュリティを強化したりします。
完璧な防御が難しい以上、攻撃を早期に検知し、迅速に対応する体制は不可欠です。IDS/IPSは個々の車両レベルでのリアルタイムな防御を担い、VSOCは多数の車両を対象とした組織レベルでの高度な監視・分析・対応を担うことで、コネクテッドカー全体のセキュリティレベルを向上させています。
安全なソフトウェアアップデート(セキュアOTA)
コネクテッドカーのソフトウェアは、新しい機能の追加や性能向上、そして発見されたセキュリティ上の脆弱性を修正するために、定期的にアップデート(更新)されます。このアップデートを無線通信経由で行うのがOTA(Over-The-Air)技術ですが、このOTAのプロセス自体が安全でなければ、攻撃者に悪用されてしまう可能性があります。例えば、偽のアップデートファイルを送り込まれて、不正なプログラムを車にインストールさせられてしまう、といった事態です。
そのため、自動車メーカーは「セキュアOTA」と呼ばれる、安全性を確保したOTAの仕組みを導入しています 。具体的には、以下のような対策が講じられています。
- デジタル署名: アップデートファイルが、改ざんされておらず、かつ正規の自動車メーカーから提供されたものであることを証明するために、デジタル署名という技術が用いられます。車は、この署名を検証することで、ファイルの正当性を確認します 。
- データの暗号化: アップデートファイル自体や、アップデート情報をやり取りする通信経路を暗号化することで、第三者による盗聴や改ざんを防ぎます 。
- 安全な通信経路の確保: アップデートサーバーとの通信には、暗号化された安全なプロトコル(通信手順)が使用されます。
ソフトウェアの脆弱性は常に新たに発見される可能性があるため、安全かつ確実にセキュリティパッチ(修正プログラム)を含むアップデートを車両に配信するセキュアOTAの仕組みは、コネクテッドカーのセキュリティを長期的に維持する上で、まさに生命線とも言える重要な技術です。
多要素認証などのアクセス管理
コネクテッドカーの重要な機能(例えば、スマートフォンアプリからのリモートエンジン始動やドアロック解除など)を利用したり、車内に保存されている個人情報にアクセスしたりする際に、従来のIDとパスワードによる認証だけでは、それらが漏洩した場合に不正利用されるリスクがあります。
そこで、より強固なセキュリティを確保するために「多要素認証(MFA:Multi-Factor Authentication)」という仕組みが導入されつつあります 。これは、認証の際に、以下の3つの要素のうち2つ以上を組み合わせて本人確認を行う方法です。
- 知識情報: 本人だけが知っている情報(例:パスワード、PINコード)
- 所持情報: 本人だけが持っている物(例:スマートフォンに送られるワンタイムパスワード、ICカード)
- 生体情報: 本人固有の身体的特徴(例:指紋、顔、虹彩、静脈パターン)
例えば、車両のエンジンを始動する際に、運転席に座ったドライバーの虹彩(眼の模様)をカメラで読み取って認証する技術 や、自動車部品メーカーがサプライチェーンを構成する取引先企業に対して、クラウド上の受発注システムへアクセスする際に、従来のID・パスワードに加えてデジタル証明書を利用した多要素認証を導入した事例 などがあります。
IDとパスワードだけの認証では、それが盗まれたり推測されたりすると簡単に突破されてしまう可能性があります。しかし、多要素認証を導入することで、たとえ一つの認証要素が破られたとしても、他の要素が不正アクセスを防ぐため、セキュリティレベルを大幅に向上させることができます。
これらのメーカーや業界全体の取り組みは、コネクテッドカーのセキュリティを多層的に強化し、ユーザーが安心して利用できる環境を整備するためのものです。セキュリティ対策は、「技術的な対策」「国際的な規制や標準への準拠」、そして後述する「ユーザー自身の意識向上」という三つの要素が一体となって初めて効果を発揮すると言えるでしょう。また、これらの対策は、車両が企画・開発される段階から、市場で運用され、最終的に廃棄されるまでの「ライフサイクル全体」を通じて継続的に実施・管理される必要があるという点も、現代のコネクテッドカーセキュリティの重要な特徴です。
私たちドライバーができる対策
自動車メーカーや関連業界が高いレベルのセキュリティ対策を講じている一方で、私たちドライバー自身も日頃からいくつかの点に注意し、適切な行動をとることで、コネクテッドカーをより安全に利用することができます。
ソフトウェアを常に最新の状態に
自動車メーカーから、車両のソフトウェアに関するアップデートの通知が来たら、面倒くさがらずに速やかに適用するようにしましょう 。これらのアップデートには、新しい便利な機能の追加や性能向上だけでなく、発見されたセキュリティ上の弱点(脆弱性)を修正するための重要なプログラムが含まれていることがよくあります。 私たちが普段使っているスマートフォンやパソコンと同じように、古いバージョンのソフトウェアを使い続けることは、既知の脆弱性を放置することになり、サイバー攻撃を受けるリスクを高めてしまいます。
パスワード管理とWi-Fiセキュリティ
コネクテッドカーに関連する各種サービス(例えば、メーカーが提供する専用アプリやウェブサイトのアカウント)や、車内Wi-Fiを利用する場合には、パスワードの設定と管理が非常に重要です。
- パスワードは、第三者に推測されにくい、アルファベットの大文字・小文字、数字、記号などを組み合わせた複雑なものを設定しましょう 。
- 他のサービスで使っているパスワードの使い回しは避け、定期的に変更することも心がけましょう。
- 車内Wi-Fiを利用する場合は、そのアクセスポイントの暗号化設定が、WPA2やWPA3といった強固な方式になっているかを確認しましょう 。初期設定のままの簡単なパスワードや、暗号化なしの状態は非常に危険です。
簡単なパスワードや初期設定のままのパスワードは、不正アクセスの格好の標的となります。
提供元が不明なアプリの利用は慎重に
スマートフォンと連携して車の機能を利用したり、車載システムに直接アプリケーションをインストールしたりする場合があるかもしれません。その際には、必ず公式のアプリストア(Apple App StoreやGoogle Play Storeなど)から提供されている、開発元が信頼できるアプリを選ぶようにしましょう 。 アプリをインストールする前には、ユーザーレビューや評価、必要な権限などをよく確認することも大切です。提供元が不明なアプリや、極端に評価の低いアプリ、不自然なほど多くの権限を要求するアプリは、マルウェアが仕込まれていたり、個人情報を不正に収集したりする目的で作られている可能性があります 。 不正なアプリは、車両システムへの侵入口となったり、スマートフォン経由で個人情報が漏洩したりする原因となる可能性があります。
公共Wi-Fi利用時の注意点
カフェや駅などで提供されている無料の公共Wi-Fiは便利ですが、中にはセキュリティ対策が不十分なものも存在します。そのような安全性の低い公共Wi-Fiにコネクテッドカーを直接接続したり、あるいはそのようなWi-Fi経由で車両と連携するスマートフォンアプリを使用したりすることは、できる限り避けましょう 。通信内容が第三者に盗聴されたり、悪意のあるサイトに誘導されたりするリスクがあります。 やむを得ず公共Wi-Fiを利用する必要がある場合は、VPN(Virtual Private Network:仮想プライベートネットワーク)を利用して通信内容を暗号化するなどの対策を検討することが推奨されます 。
スマートキーの取り扱い
スマートキー(キーレスエントリーキー)は非常に便利ですが、その電波が悪用されて車両盗難に繋がる「リレーアタック」という手口が知られています。このリレーアタックを防ぐためには、スマートキーを使用しないときは、電波を遮断する専用のケースやポーチ、あるいは金属製の缶などに保管することを検討しましょう 。 また、自動車メーカーによっては、スマートキーの電波を一時的に弱めたり停止させたりする「節電モード」や「スリープ機能」が搭載されている場合があります。取扱説明書などで確認し、活用できる場合は積極的に利用しましょう。 スマートキーの電波は、利便性のために常に微弱ながら発信されています。その特性を理解し、適切な対策を講じることが、愛車を盗難から守ることに繋がります。
その他、日頃から意識すべきこと
- セキュリティ・プライバシー設定の見直し: コネクテッドカーや関連アプリのセキュリティ設定やプライバシー設定を定期的に見直し、不要な情報共有や機能はオフにしておきましょう 。
- フィッシング詐欺への注意: 自動車メーカーや正規のサービス提供者を装った不審な電子メールやSMSに記載されたリンクは安易にクリックせず、添付ファイルも開かないようにしましょう 。個人情報や認証情報を騙し取ろうとするフィッシング詐欺の可能性があります。
- 車両売却・譲渡時のデータ初期化: コネクテッドカーを売却したり、他人に譲ったりする際には、車内に保存されている個人情報(自宅の住所、登録した連絡先、走行履歴など)や各種設定を必ず初期化(工場出荷状態に戻す)しましょう。
- 安全運転支援機能の活用: NECが開発しているAI技術のように、ドライバーのわき見運転を検知して警告を発するシステムなど、安全運転を支援する機能も、コネクテッドカーのメリットの一つです。これらを活用し、日頃から安全運転を心がけることも重要です 。
これらの対策は、コネクテッドカーの利便性を享受する上で、ユーザーが主体的に関与すべきものです。従来の車では、ユーザーのセキュリティに関する役割は鍵の管理程度と限定的でしたが、コネクテッドカーにおいては、ソフトウェアの更新、パスワード管理、アプリの選択、Wi-Fiの設定など、ユーザーが積極的に行動し、自らの情報や車両を守る必要性が高まっています。これは、ユーザーが単なる「受動的な」運転者から、セキュリティに関しても「能動的な」役割を担う存在へと変化していることを意味します。
コネクテッドカーとセキュリティの未来
コネクテッドカーの技術は日進月歩で進化しており、それに伴い、サイバーセキュリティの技術もまた、絶えず進化を続けています。将来的には、さらに高度な技術によって、より安全で安心なコネクテッドカーライフが実現されることが期待されています。
AI(人工知能)や機械学習による脅威検知の進化
AI(人工知能)や機械学習の技術は、コネクテッドカーのセキュリティ分野において、非常に大きな可能性を秘めています。これらの技術は、車両内外のセンサーから収集される膨大な量の通信データや車両の挙動データをリアルタイムで分析し、通常とは異なるパターンやサイバー攻撃の兆候を、人間が見逃してしまうような微細なレベルでも、より迅速かつ正確に検知できるようになると期待されています 。
例えば、NECのAI技術(RAPID機械学習技術)は、過去の危険な運転事例を学習することで、数秒先の危険なシーンを予測し、事前にドライバーに注意喚起を行うシステムを開発しています 。このような「予測」の技術がサイバー攻撃の検知にも応用されれば、既知の攻撃パターンだけでなく、これまで確認されていなかった未知の攻撃手法に対しても、その初期段階で対応できる可能性が広がります。AIを活用した脅威検知システムは、セキュリティインシデント(事故や事件)への対応時間を最大で60%も削減できるという研究結果も報告されており 、被害を最小限に抑える上で非常に有効です。
攻撃の手口がますます巧妙化・複雑化する中で、従来のあらかじめ定義された攻撃パターンに合致するかどうかで判断するような検知システムだけでは、対応が難しくなってきています。AIによる自己学習能力や適応能力を備えたセキュリティシステムは、常に変化し続ける未来の脅威に対抗するための鍵となるでしょう。これは、セキュリティが単なる「防御壁」から、状況を「予測」し、自律的に「適応」していく、より動的でインテリジェントな体制へと進化していくことを意味します。
量子コンピュータ時代への備え:新しい暗号技術
現在、コネクテッドカーを含む多くのITシステムで、情報の機密性を守るために広く使われている暗号技術(例えばRSA暗号など)は、将来的に実用化される可能性のある「量子コンピュータ」によって、比較的容易に解読されてしまう危険性が専門家から指摘されています 。量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータとは比較にならないほどの計算能力を持つとされ、現在の暗号の安全性の根幹を揺るがす可能性を秘めています。
そのため、世界中の研究機関や企業では、量子コンピュータを使っても解読が困難な新しい暗号方式、「量子コンピュータ耐性暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography)」や、量子力学の原理を応用した「量子暗号(量子鍵配送)」といった技術の研究開発が急ピッチで進められています 。 自動車のスマートキーと車両本体との間の認証通信や、車載の電子制御ユニット(ECU)間の通信、車両と外部サーバーとの通信など、現在のコネクテッドカーで暗号技術が使われているあらゆる部分において、将来的にこれらの新しい暗号技術への移行が必要になると考えられています 。
量子コンピュータの登場は、現在の情報セキュリティの常識を大きく変えてしまう可能性があるため、影響が現実のものとなる前に、長期的な視点での対策準備が不可欠です。これらの新しい暗号技術は、未来の計算技術の進化を見据え、データの機密性という「信頼」の根幹を守るための重要な取り組みと言えます。
ブロックチェーン技術の活用可能性
ブロックチェーンは、元々ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)を実現するために開発された技術で、取引データなどを「ブロック」と呼ばれる単位にまとめ、それらを時系列に鎖(チェーン)のように繋げて記録・管理する仕組みです。この技術の大きな特徴は、データを多数のコンピュータに分散して記録・管理するため、一度記録された情報を改ざんすることが極めて困難であるという点です 。
コネクテッドカーの分野では、このブロックチェーン技術の特性を活かして、以下のような応用が期待されています。
- 車両データの信頼性向上: 例えば、車両の総走行距離、整備履歴、事故歴、過去の所有者情報といった重要なデータをブロックチェーン上に記録・管理することで、中古車として売買される際に、これらの情報が不正に改ざんされるのを防ぎ、取引の透明性と信頼性を大幅に高めることができます 。
- OTAアップデートの真正性確保: 車両のソフトウェアアップデート(OTA)を行う際に、配信されるアップデートファイルが正規の自動車メーカーから提供されたものであり、かつ改ざんされていないことを、ブロックチェーン技術を使って検証することで、不正なソフトウェアが車両にインストールされるのを防ぎます 。
- 部品のトレーサビリティ(追跡可能性): 自動車を構成する個々の部品について、製造段階から車両への組み付け、そして最終的な廃棄に至るまでの情報をブロックチェーンに記録することで、リコールが発生した際の対象部品の特定を迅速かつ正確に行ったり、市場から偽造部品を排除したりするのに役立つ可能性があります 。
- 電気自動車(EV)バッテリーの管理: 特にEVにおいて重要な部品であるバッテリーについて、その製造元情報、使用されている材料、充放電の回数や状態、リサイクルの履歴などを改ざん不可能な形で記録・管理することで、バッテリーのライフサイクル全体にわたる信頼性の高いデータ管理を実現し、安全な再利用やリサイクルを促進することが期待されます 。
データの信頼性や透明性が特に求められる多くの場面で、ブロックチェーン技術はコネクテッドカーのセキュリティと利便性を同時に向上させる可能性を秘めています。これらの新しい技術は、単にセキュリティ機能を強化するだけでなく、コネクテッドカーを取り巻くエコシステム全体(ユーザー、自動車メーカー、サービスプロバイダー、中古車市場など)の「信頼関係」を構築・維持するための基盤技術としての役割が期待されています。また、コネクテッドカーは膨大な個人データを生成するため 、将来のセキュリティ技術は、単に外部からの攻撃を防ぐだけでなく、収集されるデータの取り扱い方そのものにプライバシー保護の概念を組み込む(プライバシーバイデザイン)方向へ、より一層進化していくと考えられます。
まとめ:安全・安心なコネクテッドカーライフのために
コネクテッドカーは、インターネットと「つながる」ことで、私たちのカーライフを、これまでにないほど安全で、便利で、そして楽しいものへと変革してくれる大きな可能性を秘めています 。事故を未然に防ぐための先進的な安全機能や、万が一の事故発生時における迅速な救助支援、リアルタイム交通情報を活用した渋滞回避による快適な移動、車内での多彩なエンターテイメントの享受、さらにはソフトウェアアップデートによる車の自動的な進化など、そのメリットは枚挙にいとまがありません。
その一方で、「つながる」という特性は、サイバー攻撃のリスクと常に隣り合わせであるという現実も忘れてはなりません 。不正アクセスによる車両の乗っ取りや、大切な個人情報の漏洩といった脅威は、コネクテッドカーの普及が進むにつれて、より現実的かつ深刻な問題として認識されるようになっています。
しかし、このようなリスクに対して、自動車メーカーや関連業界は決して手をこまねいているわけではありません。UN R155やISO/SAE 21434といった国際的なセキュリティ基準の策定と遵守、車両の企画・設計段階からセキュリティを組み込む「セキュアバイデザイン」の徹底、通信内容や保存データの暗号化、不正な侵入を検知・防御するシステムの導入、そして専門のセキュリティ監視センター(VSOC)による24時間体制の監視など、多岐にわたる対策が講じられています。
そして、これらの業界全体の取り組みに加えて、私たちドライバー自身も、日頃からセキュリティに対する意識を持つことが、安全で安心なコネクテッドカーライフを送る上で非常に重要です。具体的には、車両のソフトウェアを常に最新の状態に保つこと、コネクテッドサービスや車内Wi-Fiのパスワードを適切に管理すること、提供元が不明なアプリの利用は慎重に行うことなどが挙げられます。
技術の進化とともに、サイバー攻撃の手口も巧妙化していきますが、それに対抗するためのセキュリティ対策もまた、日々進化を続けています。コネクテッドカーがもたらす素晴らしいメリットを最大限に活かし、安全で快適な未来のモビリティ社会を実現するためには、車を作り提供する側と、それを利用する側の双方が、セキュリティの重要性を深く理解し、互いに協力していくことが不可欠です。
コネクテッドカーの普及は、その「利便性」と、ユーザーの「セキュリティ意識」とのバランスの上に成り立っています。ユーザーがコネクテッドカーを心から信頼し、安心して受け入れるためには、技術的な安全性だけでなく、セキュリティに対する社会全体の理解とリテラシーの向上が求められます。また、コネクテッドカーのセキュリティは、自動車メーカーだけ、あるいはユーザーだけの努力で達成されるものではなく、双方に責任と役割がある「共有責任モデル」の考え方が重要です。ユーザーは単なる消費者ではなく、安全なコネクテッドカー社会を共に築き上げていくエコシステムの一員としての自覚を持つことが、より良い未来に繋がるでしょう。