某自動車メーカーのテレビコマーシャルで
『死亡交通事故をゼロにする』
というキャッチコピーを見かけた方もいると思います。
また、衝突防止や衝突軽減装置、高齢者対策としての誤操作防止装置、さらにはテレビコマーシャルでお馴染みだと思いますが自動運転装置など、映像認識技術やAI技術を駆使した様々な運転支援技術が車両に搭載されてきています。
一方、行政サイドでは、社会問題化とも言える学童の安全確保に伴う通学路の点検整備、高齢運転者の事故多発に伴う免許制度の見直し、さらには、いわゆる『あおり運転』抑止を狙った規制強化などが、最近のトピックともなっています。
このように、車の安全性能の向上、道路環境整備、法的規制強化など、交通事故対策として様々な手が打たれているのですが、交通事故の大半を占める一般のドライバーさんに対する交通事故防止の新しい支援施策は見当たらない状況です。
近年の交通事故統計によると事故の99%が人や車両、構造物との衝突・接触によるものです。残りの1%は転落や転倒などの単独事故となっていますが、すべての事故で、死亡事故となる可能性の存在は否めません。
『死亡交通事故をゼロにする』というキャッチコピーの奥底には、世の中で起きるすべての『交通事故をゼロにする』というスポンサーの野心があるのかもしれません。しかしながらその実現には、今のところドライバーさん一人一人の安全運転に期待するしか方法がないように思います。
そこで、今一度、安全運転について考えてみたいと思います。
まず第一に、①「安全運転とは」、どのような運転なのか。道路交通法の「安全運転の義務」という文章から安全運転について考えます。
次に、②「交通事故の発生状況」として、どんな事故が起きているのか、どんな運転で事故が起きているのかについてを考えていきます。
最後に、③「交通事故の原因」として、交通事故による「衝突」の原因、衝突回避に必要な空間についてを考えていきます。
皆さんはいろんな能力を身に付けていらっしゃると思います。さて、それはどうやって身に付けられたのでしょうか。ここでは学習の基本的な仕組みの説明と、具体的なやり方ということで話を進めていきたいと思います。
①「安全運転とは」?
私はこれまで、日本各地で安全運転講習を行ってきました。
その講習会で『安全運転とはどんな運転だと思いますか』と皆さんにお聞きした結果、いろんな回答を頂きました。
一番多かったのは「交通ルールを守る」。次に「人にやさしい運転」とか「穏やかな運転」が続き、意外と多かったのが「制限速度を守る」という回答です。中には「エコ運転」という回答もありました。
どうも、人それぞれ、いろんな安全運転があるようです。
もしかしたら、急に聞かれて、そのとき思いついた言葉や自分が検挙された違反を口にしているだけかもしれません。
このように、世間一般で言われている安全運転とは、結構あいまいな代物です。安全運転という言葉は「お元気ですか」と同じような、挨拶レベルの言葉となってしまっているのかもしれません。
【安全運転の義務】
道路交通法第70条に『安全運転の義務』という記載があります。以下に解説していきますが、非常に単純なことが、分かり辛い?文章で記載されているように思います。
<道交法第70条 安全運転の義務>
車輛等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。
・・・???
どうでしょう。皆さんは、この文章から、自分に課せられている義務が具体的にイメージできるでしょうか。
具体的なイメージを阻害する要因は次の一文です。
他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転
まずは「危害」の意味ですが・・・
「危害」とは身体・生命・物品を損なうことです。つまり
運転中の衝突(強い接触も含む)で起きる現象です。
ここでは「他人に危害を及ぼす」と明記されていますので、自分以外の、同乗者や通行人、周囲の車や構築物などが対象ということであり、文章通りであれば、自分自身に降りかかる危害は自己責任の範疇でご自由にどうぞと言っているように感じるのは私だけでしょうか。
危害を「泥ハネや歩行者に迷惑をかける行為や、交通弱者への配慮」も含むと解釈することも可能かもしれませんが、これについては、道交法第71条の「運転者の遵守事項」として記載されています。安全運転と、人にやさしい運転とは全く別ものだということです。
そこで「他人に危害を及ぼさないような速度」を分かり易く表現すると「衝突を避けることができる速度」ということになります。
では具体的に「衝突を避けることができる速度」の速度について見ていきたいと思います。
およそどんなに遅い速度であっても動き続けている限り衝突しない速度というのはあり得ません。従って、ここに記載されている速度とは具体的な速度を意味するものでなく俗に言う「安全速度」のことだと思われます。
安全速度とは、この先、起こりうる衝突に対して、ある程度までは安全に対処(停止あるいは回避)できるとされる速度と言うのが一般的な通念です。
つまり、道路、交通及び当該車両等の状況に応じた安全速度ということになり、制限速度のように具体的な速度ではなくて、非常にあいまいな速度となっています。
次に「危害を及ぼさないような方法」の意味ですが・・
これについては明確です。速度のコントロール以外で衝突を避ける方法は、進路変更による回避か、一時停止による事前停止のどちらかしかありません。
以上のようなことから、第70条を簡潔に記載すると・・
運転者は、衝突しないように、速度調整や進路変更あるいは事前の一時停止など、状況に合わせた運転をしなければならない。ということになると思います。
結局、70条で言う「安全運転の義務」とは・・・・・
「衝突しない運転をしなさい」ということに尽きます。
つまり「衝突しないこと」が運転者に求められている義務だということです。
ここからは安全運転を「衝突しない運転」ということで話を進めていきたいと思います。
【衝突しない運転】
ここからは安全運転を「衝突しない運転」ということで話を進めていきますが、実は「衝突しない運転」という名詞的表現、さらには○○しないという否定的表現は、これから論じていく行動目標としてはふさわしくありません。
ここでは「衝突しない運転」とは「衝突を避けることができる状態を作り、かつ維持し続ける運転をする」という意味だと解して頂けると分かり易いと思います。
さて、「衝突しない運転」の対極にあるのが交通事故です。どんな衝突が、どんな運転で起きているのか、交通事故の実態を見ることで、逆説的に、具体的に、衝突しない運転について何らかのヒントが得られるのではないでしょうか。
参考にする事故の実態報告書は警察庁発表の令和2年度の『原付以上運転者(第1当事者)の事故累計別・法令違反別交通事故件数』を用います。
※令和3年度版は起稿時点では未発表
②「交通事故の発生状況」
【どんな事故が起きているのか】
・人対車輛での衝突が全体の11.4%
・車輛相互での衝突が全体の86.1%
・工作物や駐車車両との衝突は1.4%
・路外逸脱や転倒事故は1.1%(約5割が転倒)
・列車との衝突・接触は21件
<人との衝突は横断歩道が一番多い>
人対車輛では全体の6割が道路の横断中に発生。内訳は横断歩道の設置場所での衝突が6割、その他が4割です。
もともと歩行者保護の目的で設置されているのが横断歩道です。この横断歩道が歩行者にとって一番危険な場所という皮肉な結果となっている事実を、歩行者が知っておくのは非常に大事なことだと思います。
一方で、運転者は、横断歩道があるということは、歩行者が飛び出してくる危険な場所だと認識することが必要です。
運転者も歩行者も、お互いに細心の注意を払って通行することが衝突を避ける第一歩の行動ということになります。
<車輛相互の衝突は交差点が一番多い>
車両相互では追突事故が全体の4割で一番多く、次いで、出会い頭が全体の約3割、右折や左折で約2割となっています。
これらの事故を発生場所別で見てみますと、全体の約5割が交差点となっています。交差点は一番危険な場所だということになります。
運転者は、このことをしっかり認知した上で、交差点付近ではいつでもブレーキ操作ができる体制を取っておくなど、細心の注意を払って通行することが衝突を避ける第一歩の行動ということになります。
【どんな運転で事故が起きているのか】
衝突時の現場検証で特定(推定)された不適切な運転行為(法令違反)を多い順に並べると次のようになっています。
安全不確認32.2%、わき見運転13.4%、動静不注視10.4%、漫然運転8%、運転操作不適6.3%、一時不停止4.3%、歩行者妨害等3.5%、信号無視3.5%、優先通行妨害2.8%、通行区分違反0.8%、安全速度違反0.4%、その他が約14%という状況です。
<事故の約6割が、確認不足で起きている>
不適切な運転行為の上位の4つはいずれも、安全確認を阻害する類似行為です。つまり、事故の約6割が確認不足で起きていると云うことです。
余談になりますが・・・・
交通事故に限らず、なにごとも、確認してから次の行動を起こすという手順が安全を担保する基本原則なのでしょう。
さて、道交法第70条の「安全運転の義務」で記述されているいわゆる「安全速度」ですが、違反はわずか0.4%しかありません。
安全速度違反は事故に結びつく可能性は低いということなのでしょうか。
③「交通事故の原因」
【よくある論調】
世間では、違反事由を事故の原因だとして交通事故対策を提言する論調を多く見かけます。
例えば・・・
安全確認はドライバーにとって最も基本的なことです。今一度安全確認に対する意識を高める必要があります。
ドライバーの不注意による事故すなわち安全運転義務違反を原因とする事故が交通事故の多くを占めるようになりました。
人間は残念ながらミスをする生き物です。安全運転義務違反に分類される交通事故は無くならないことでしょう。
ドライバーの安全意識が高まれば交通事故は少しずつ減っていきます。これまでも、これからも、安全運転を心がけていきましょう。
つまり、ドライバーの不注意、安全意識、ヒューマンミスが事故の主な原因であり、安全意識を高めることが事故対策では必要だという論調です。
原因が意識の問題・ヒューマンミスだということであれば、ある意味、どんなに頑張っても、人が運転を続ける限り、未来永劫、交通事故は起き続けるということになるような気がするのですが、そう思うのは私だけでしょうか。
【原因の定義】
<因果の法則>
「因果」関係という言葉はご存知だと思います。本来的には「因縁果」の関係と言うようです。意味は、ある望まぬ結果、あるいは望む結果は、ある行動や特性(これを因=原因という)に、ある状況(これを縁=要因という)が作用して生じる、という考え方です。
例えば、キャッシュカード詐欺被害では、詐欺師は縁で、因は被害者当人の人を信じやすい特質です。この特質がある限り、この方は、何度も、また別の詐欺被害に遭う可能性が有るということです。
近年、健常者の歩きスマホで、視覚障がい者と衝突する事故が問題視されています。この場合、健常者の歩きスマホが原因のようにとられがちですが、実は健常者の歩きスマホも、視覚障がい者の存在も、どちらも単なる縁(要因)であり、因(原因)は前方の安全を確認しないでも平気で歩くことができるという加害者の特質です。この特質がある限り、歩きスマホでなくても、自転車や車の運転中でも同じように衝突事故を起こす可能性が高いということです。
一般的な特徴として、因(原因)は隠れた存在です。ほとんどの場合、習慣や習性あるいは特質などがそれにあたります。一方で縁(要因)は目立ちやすい存在です。立ち居振る舞いや物理的現象などの表出現象です。ある出来事への対策を講じる場合、目立ちやすい縁(要因)に惑わされないことが肝要です。
【交通事故による「衝突」の原因を考える】
交通事故とは衝突です。衝突に至る状況は様々です。
例えば「約束の時間に遅れそうになり、普段ならば一時停止する交差点を止まらず進行したところ、右から来た車と衝突した」という事例。現場検証での違反事由は一時不停止だろうと思います。
「横断歩道のある交差点で右折をしようと進行していたら、前方から直進してくる対向車輛が確認できた。進行速度を調整しながら対向車輛が通過するタイミングを見計らって右折進行したところ、進路上に、右側からの横断歩行者を発見。急いでブレーキをかけたが間に合わず衝突した」という事例。現場検証での違反事由は、「前方不注意」あるいは「動静不注視」だろうと思います。
上記の二つの事故、状況は違いますが原因は同じです。
このほか、追突事故や出会い頭の衝突事故、極端な例ではあおり運転による衝突事故も、状況こそ違いますが、原因は皆同じです。
<衝突の原因とは>
衝突とは、衝突を回避するのに必要な物理的空間が不足している場合に起きる科学的現象です。
安全意識やヒューマンミスは単なる要因にすぎません。
その時、もしかしたら、ブレーキの不具合で停止に時間が掛かる状態だったかもしれません。
その時、もしかしたら、何かに気を取られてわき見やボンヤリしていて気づくのが遅れる状況だったかもしれません。
その時、もしかしたら、道路脇から急な飛び出しがあったかもしれません。
これらの、もろもろの要因を含めて、衝突回避に必要な物理的空間が不足する状態で車両を進行させていたことが衝突の原因だということです。
では、衝突回避に必要な物理的空間とはどのくらいなのかについて考えていきたいと思います。
【衝突回避に必要な空間】
衝突回避はハンドル操作による回避とブレーキ操作による回避があります。
ハンドル操作による回避では往々にして、一次的回避ができたとしても、その回避操作が新たな突発的事故(周囲の車両や歩行者、道路周辺構造物との衝突、あるいは急ハンドルによる転倒などなど)の原因ともなりかねません。
ここでは確実性の観点から、ブレーキ操作による衝突回避に必要な物理的空間ということで話を進めるものとします。
走行中の車両が緊急停止するために必要な物理的空間は、以下に示す距離の合計であることはご存知だと思います。
緊急停止が必要と知覚する間(0.5秒)に走行する距離
知覚してアクセルからブレーキペダルに踏み変えて制動がかかり始める間(0.75秒)に走行する距離
さらにそこから完全停止する間に走行する距離
以下に、一般道や高速道路での代表的な進行速度での緊急停止に必要な物理的空間の算定例を示します。
(道路条件:乾燥路面、アスファルト舗装道路)
時速 | 30㎞ | 40㎞ | 50㎞ | 80㎞ | 100㎞ |
①知覚距離 | 4.2m | 5.6m | 6.9m | 11.1m | 13.9m |
②空走距離 | 6.3m | 8.3m | 10.4m | 16.7m | 20.8m |
③制動距離 | 5.1m | 9.0m | 14.1m | 36.0m | 56.2m |
物理的空間 | 15.5m | 22.9m | 31.4 m | 63.8m | 91.0m |
車間距離換算 | 1.9秒 | 2.1秒 | 2.3秒 | 2.9秒 | 3.3秒 |
表の下から2行目が緊急停止に必要な物理的空間です。速度により大きく変動します。表の一番下の値はその物理的空間を走行速度基準で秒数換算したものです。一般道では車間距離を3秒取って走行していればまず安全。高速道路では3秒でギリギリ安全、4秒取って走行していればまず安全。分かり易い指標です。
なお、上表での知覚距離は、知覚に必要な時間を0.5秒として算定しています。一般的な解説では、障害物の存在に気づき、障害物に焦点を合わせて、その動向を観察し、それが危険な障害物と確認するのに必要な時間は、1.5~2.0秒とされています。確かに、遠くに何か表れてきたというようなシーンであれば、それだけの時間がかかるかもしれません。私たちが検討対象とする走行環境は、常に目前に車両が居る状況です。その車両の異変、あるいはブレーキランプ点灯を知覚するのに必要な時間は、人の通常の認識遅延速度である0.3~0.5秒(反射速度はもっと速い)が現実的だとして0.5秒を採用しています。
<安全速度違反が0.4%という低い値は正しいのか>
安全速度は、道路状況など周囲の状況をよく観察し、かつ危険を予測し続ける中で初めて実現できる代物です。
周囲の観察や予測を阻害するもろもろの行為(安全不確認、わき見運転、動静不注視、漫然運転)は安全速度違反の構成要素そのものです。
これらのことから安全速度違反の実態は0.4%という低い割合でなく、事故の6割を占める確認不足と同じ割合だと解釈するのが妥当だと思われます。
<事故統計で分かる事実>
結局のところ、事故統計から分かることは以下の3つです。
・交通事故の99%は衝突で起きている
・事故の5割が交差点で発生している
・事故の約6割が確認不足に類する違反事由である
ということです。
まとめ
安全運転は、道路交通法の「安全運転の義務」に基づき、衝突を避けることができる運転をすることです。
交通事故の発生状況を理解することで、どのような事故が起きているのか、どのような運転で事故が起きているのかを把握することができます。
最後に、交通事故の原因を理解し、衝突の原因と衝突回避に必要な空間について考えることで、より安全な運転を実現することができます。これらの知識と理解を基に、私たちは自身の運転行動を改善し、より安全な道路環境を作り出すことができるでしょう。
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