近年、高齢運転者による交通事故の増加が社会問題となっています。内閣府の調査によると、交通事故全体に占める高齢運転者の割合は年々増加傾向にあり、今後もこの傾向は続くと予想されます。
高齢になると、身体機能や認知機能の低下は避けられず、それが運転に影響を及ぼすことも事実です。しかし、高齢者=危険運転というわけではありません。自身の身体的・認知的変化を正しく理解し、安全運転のための対策を講じることで、多くの高齢者が安全に運転を続けることが可能です。
この記事では、高齢運転者にみられる特性と、それらが運転にどのような影響を与えるのかを解説します。さらに、70歳以上の方が運転免許を更新する際に義務付けられている「高齢者講習」の内容や、安全運転を続けるための具体的なポイントについても詳しくご紹介します。
加齢に伴う身体機能・認知機能の変化
高齢になると、個人差はありますが、様々な身体機能や認知機能に変化が現れます。ここでは、運転に影響を及ぼす可能性のある主な変化について見ていきましょう。
視力の低下
加齢とともに、視力は徐々に低下していきます。特に、以下のような症状が現れやすくなります。
- 視界がぼやける、かすむ: 白内障や緑内障などの目の病気が原因となることもあります。
- 暗い場所や夜間が見えにくくなる: 視細胞の機能低下により、暗い場所での視力が低下します。
- 動体視力が低下する: 動くものを見極める能力が低下し、標識や歩行者、他の車両の動きを捉えにくくなります。
- 視野が狭くなる: 周辺視野が狭くなり、左右の状況を把握しにくくなります。
- 眩しさに弱くなる: 対向車のヘッドライトなどが眩しく感じられ、視界が遮られることがあります。
これらの視力の変化は、標識や信号の見落とし、歩行者や他の車両との距離感の誤認などを招き、交通事故のリスクを高める可能性があります。
聴力の低下
聴力も加齢とともに低下する傾向があります。特に、高音域の音が聞こえにくくなることが多く、以下のような影響が現れます。
- 周囲の音が聞こえにくい: 救急車やパトカーのサイレン、クラクションなどの警告音を聞き逃す可能性があります。
- 音の方向が分かりにくい: どの方向から音が聞こえるのかを判断するのが難しくなります。
聴力の低下は、周囲の状況を正確に把握することを困難にし、危険な状況に気づくのが遅れる原因となります。
運動機能の低下
加齢に伴い、筋力や反射神経、柔軟性などの運動機能も低下していきます。具体的には、以下のような変化が現れます。
- 筋力の低下: ブレーキペダルを強く踏み込む力や、ハンドルを素早く操作する力が弱くなります。
- 反射神経の衰え: 危険を察知してからブレーキを踏むまでの反応時間が長くなります。
- 関節の可動域の制限: 首や腰が回しにくくなり、後方確認などが困難になります。
これらの運動機能の低下は、急ブレーキや急ハンドルなどのとっさの操作を困難にし、事故を回避する能力の低下につながります。
認知機能の低下
認知機能とは、記憶力、判断力、注意力、情報処理能力など、様々な知的活動を支える脳の機能です。加齢に伴い、これらの認知機能も低下する傾向があります。
- 記憶力の低下: 交通ルールや標識の意味を忘れてしまったり、いつも通る道で迷ってしまうことがあります。
- 判断力の低下: 交通状況を正確に判断し、適切な行動をとることが難しくなります。
- 注意力の低下: 周囲の状況に注意を払うことが難しくなり、危険な状況に気づくのが遅れます。
- 情報処理能力の低下: 複数の情報を同時に処理することが難しくなり、複雑な交通状況に対応できなくなります。
認知機能の低下は、交通ルール違反や危険な運転行動につながる可能性があり、重大な交通事故を引き起こすリスクを高めます。
高齢運転者に多い事故の特徴
高齢運転者による交通事故には、以下のような特徴があります。
- 出会い頭の事故が多い: 交差点での一時不停止や安全不確認による事故が多く見られます。
- 車両単独事故が多い: 道路外への逸脱や工作物への衝突など、運転操作の誤りによる事故が多く見られます。
- 右折時の事故が多い: 対向車との距離感や速度の判断ミスによる事故が多く見られます。
- 高速道路での逆走事故: 認知機能の低下による標識の見落としや判断ミスが原因となることが多いです。
- 歩行中や自転車乗車中の事故も多い: 身体機能の低下により、転倒や他の車両との接触事故のリスクが高まります。
これらの事故の特徴は、前述した加齢に伴う身体機能や認知機能の変化と深く関係しています。
高齢者講習の内容と目的
70歳以上の方が運転免許を更新する際には、「高齢者講習」の受講が義務付けられています。この講習は、高齢運転者が自身の身体機能や認知機能の変化を自覚し、安全運転に必要な知識や技能を再確認することを目的としています。
高齢者講習の種類
高齢者講習には、70歳から74歳までの方が受講する「一般講習」と、75歳以上の方が受講する「講習予備検査(認知機能検査)と一般講習」の2種類があります。
講習予備検査(認知機能検査)
75歳以上の方は、一般講習の前に「講習予備検査(認知機能検査)」を受ける必要があります。この検査では、記憶力や判断力を測定し、認知機能の低下の程度を判定します。検査結果は、以下の3つの判定に分けられます。
- 認知症のおそれがある: 医師の診断を受ける必要があります。
- 認知機能が低下しているおそれがある: より長時間の個別指導を含む講習が実施されます。
- 認知機能が低下しているおそれがない: 一般講習が実施されます。
一般講習の内容
一般講習では、座学、運転適性検査、実車指導が行われます。
- 座学: 高齢運転者の事故実態や安全運転に関する知識、加齢に伴う身体機能の変化などについて学びます。
- 運転適性検査: 動体視力や夜間視力、視野などを測定する機器検査や、運転に関する質問に回答する検査を行います。
- 実車指導: 教習所のコースを実際に運転し、指導員から助言や指導を受けます。
高齢者講習は、単に免許更新のための手続きではなく、自身の運転能力を客観的に把握し、安全運転を続けるための意識を高めるための重要な機会です。
安全運転を続けるためのポイント
高齢になっても安全運転を続けるためには、以下のようなポイントを心がけましょう。
定期的な健康チェック
加齢に伴う身体機能や認知機能の変化を早期に発見するためには、定期的な健康チェックが重要です。かかりつけ医に相談し、視力検査、聴力検査、認知機能検査などを定期的に受けるようにしましょう。
運転適性検査の活用
運転免許センターや一部の教習所では、運転適性検査を受けることができます。この検査では、視力、聴力、運動機能、認知機能などを総合的に評価し、運転能力を客観的に把握することができます。検査結果を参考に、自身の運転能力に合った安全運転を心がけましょう。
運転環境の調整
自身の身体的特徴に合わせて、運転環境を調整することも重要です。
- シートやミラーの位置調整: 適切な運転姿勢を保てるように、シートやミラーの位置を調整しましょう。
- 明るい時間帯に運転する: 夜間や薄暮時は視界が悪くなるため、できるだけ明るい時間帯に運転するようにしましょう。
- 慣れた道を走行する: 不慣れな道では、判断ミスや道迷いのリスクが高まります。できるだけ慣れた道を走行するようにしましょう。
- 体調の良い時に運転する: 体調が悪い時は、判断力や注意力が低下します。体調が優れない時は、運転を控えましょう。
安全運転の心がけ
高齢運転者に限らず、すべてのドライバーに共通する安全運転の基本を改めて確認しましょう。
- 速度を控えめにする: 速度を落とすことで、危険を察知してから停止するまでの距離が短くなり、事故を回避できる可能性が高まります。
- 十分な車間距離をとる: 前方の車両との車間距離を十分に取ることで、急ブレーキを踏んだ場合でも追突事故を防ぐことができます。
- 一時停止や安全確認を徹底する: 交差点では一時停止を必ず行い、左右の安全を十分に確認しましょう。
- ながら運転をしない: スマートフォンや携帯電話の使用、カーナビの操作などは、運転に集中できなくなるため、絶対にやめましょう。
家族や周囲のサポート
高齢運転者の安全運転には、家族や周囲の人の理解とサポートも重要です。
- 運転について話し合う: 高齢運転者の運転について、家族で定期的に話し合い、不安や問題点を共有しましょう。
- 運転以外の移動手段を検討する: 公共交通機関やタクシー、家族の送迎など、運転以外の移動手段を検討しましょう。
- 運転免許の自主返納を考える: 運転に不安を感じるようになったら、運転免許の自主返納も選択肢の一つです。
まとめ
高齢運転者の増加に伴い、高齢者が当事者となる交通事故も増加傾向にあります。加齢による身体機能や認知機能の変化は避けられませんが、自身の変化を正しく理解し、適切な対策を講じることで、多くの高齢者が安全に運転を続けることが可能です。
定期的な健康チェックや運転適性検査の活用、運転環境の調整、安全運転の心がけ、そして家族や周囲のサポートが、高齢運転者の安全運転を支える重要な要素となります。
また、高齢者講習は、自身の運転能力を客観的に把握し、安全運転を続けるための意識を高めるための貴重な機会です。講習を前向きに捉え、積極的に活用しましょう。
高齢者一人ひとりが、自身の運転と向き合い、安全運転を心がけることで、交通事故のない安全で安心な社会を実現しましょう。